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「どうして開けるんですか?」
「男性がドアを開けるのが常識だろう」
「私に、降りろと?」
「決まってるじゃないか。君は何をしに来たんだ」
 何をしに来たのかは自分が一番よく分からない。顔をしかめながらも車を降りた。満足そうに黒峠が頷く。家の窓を見ると、若草色のカーテンが閉め切られたままだった。この時間、もしいるのなら起きているはずだ。
「留守なんじゃないですか」
「いいや、いると思うよ」
 黒峠が庭を指さす。黒い大きな犬がいた。見たところ雑種のようだ。犬は皿に頭をつっこんでエサを食べている。ついさっき与えられたばかりらしい。黒峠は犬に近づいた。
「近づかない方がいいですよ」
 犬は唸り声をあげていた。人間から見ても黒峠は不審人物だが、犬にも同じように見えるのかもしれない。
「何故近づかない方がいいんだい」
「見て分かりませんか。怒ってますよ、その犬」
「怒ってる? 喜んでいるかもしれないじゃないか」
 誰がどう見ても怒っている。ついに犬は吠えだした。黒峠は丁度犬が届かない位置で立ち、笑っている。
「どちらさまですか」
 亜沙子と黒峠は振り向いた。そこにいたのは白髪の老婆だった。顔には深いしわが刻まれていて、目はやたらと大きかった。おそらく重村勝吉の母親なのだろうが、それにしては歳をとりすぎているように見える。人は苦労を重ねると老けこむのが早い、という話をふと思い出した。彼女も苦労をしてきたのだろうか。
「何か、御用ですか」にこりともせずに老婆は続けた。
 黒峠がすかさずある物を取り出す。本物に似た警察手帳だ。
「警視庁捜査一課の松村です」
 当然偽名だ。そして「けいしちょうそうさいっか」も言いたいだけ。この男が捕まるのも時間の問題ではないかと亜沙子は思った。
「刑事さんですか」
 以前も警察訪ねてきたことがあるようだった。
「実は少々お聞きしたいことがありまして。こんな時間から申し訳ありませんが、宜しいですか?」
「どうぞおあがり下さい。ところで」
 老婆が亜沙子を見た。「そちらの方は?」



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