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 隠す必要があるだろうか。
 おそらく黒峠は人を困らせたり苛立たせたりして楽しんでいるのだ。それが趣味なのだろう。何て悪趣味なことか。
「どういうつもりなんですか。私をこんなところまで連れて来て。拉致監禁じゃないですか」
「自分で車に乗っただろう」
 黒峠は黒い鞄からせんべいを取り出してかじっていた。せんべいが好きなのだろうか。あれは醤油せんべいだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。それにしても彼に馬鹿にされているような気がしてならなかった。以前から思っていたのだ。黒峠は私を見下している。
「行き先を言わずに連れて行くなんて、誘拐ですよ誘拐」
「馬鹿な」黒峠が笑う。「君を誘拐して何の得があるんだい?」
 もう我慢できない、と吐き捨てて、亜沙子は車を降りた。乱暴にドアを閉める。黒峠は車の中でまだ何か言っていたが、耳を塞いで遠ざかった。この男と話しているとストレスがたまる一方だ。地図を見ている円に近づく。円は振り向いた。
「ああ柊さん、お目覚めですか」
 もしや円にまで寝顔を見られたのだろうか。一生の不覚だ。しかし悔やんでも仕方ない。ここは気持ちを切り替えることにした。
「静かなところですけど、ここはどこなんですか」
「そうですね、この辺りです」
 円が地図を指さす。思ったより随分と遠くに来ているようだ。時刻を確かめると、八時を過ぎていた。重村の実家はこの辺りにあるらしい。亜沙子も付近を見てみたが、それらしい家はなかった。もう少し先のようだ。
 しけったせんべいをかじるのに飽きたのか、黒峠が車の窓から身を乗り出して深呼吸をしている。亜沙子は見ないふりをした。声をかえたら負けだ。
「柊君、柊君」
 無視だ。無視するしかない。
「柊君、ジュース飲まない? 君が寝ている間にコンビニで買ったんだよ。君が寝ている間に。君が寝ている間にね」
 やけに「君が寝ている間に」という部分を強調している。円が苦笑した。
「すいません、有紀さん寂しがり屋なんですよ。構ってもらいたくて仕方がないんです」
「そんなに可愛いものですかね、あの人」
 車の中からペットボトルをちらつかせる黒峠を見ると、ため息が出た。あんな子供みたいな男の面倒が見れる円を心から尊敬する。
 車に乗り込み少し進むと、民家が見えてきた。古い木造の小さな家だ。表札は「重村」となっている。「円さんは待っていて下さいね」と言うと、黒峠は車を降り、後部座席のドアを開けた。



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