23 調査


「亜沙子」
 闇の中で、誰かが自分を呼んでいる。
「亜沙子」
 暗い。足も手も動かない。どこかから、誰かの呼ぶ声が聞こえる。ここはどこだろう。これは、もしかして夢だろうか。
「亜沙子、起きなさい! 電話だ!」
 いや、夢じゃない。慌てて飛び起きた。外はまだ薄暗い。枕もとの時計を見て確認すると、まだ朝の四時だった。こんな時間に、誰が何の用で電話をかけてくるのだろう。非常識だ。
 非常識な知り合いと言ったら一人しかいない。
 階下では寝ぐせをつけた父が、不機嫌そうな顔で電話の受話器を持って立っていた。「男だぞ。誰なんだ」
 早朝に電話をかけてくる非常識な男と言ったら一人しかいない。会話を聞かれたくないので、父は遠くに追いやった。
「もしもし、黒峠先生ですよね」
「おはよう柊君。行くよ」
 頭痛がした。彼はいつもと全く変わらぬ調子だった。今は朝の四時だというのに。朝の四時。朝の四時なのだ。どうして休みの日に、早起きをしなければならないのだろう。しかも携帯電話の番号を知っているのに家の電話にかけてくる意味が分からない。嫌がらせだろうか。
「もう家の前まで来ているんだ。さっさと支度をして出てきてくれないか」
「はあ?」
 眠気が吹っ飛んだ。受話器を置きサンダルをはいて外に出てみると、家の前には見覚えのある水色の車が停まっていた。運転席の円が頭を下げる。
「すいません。有紀さん、一度いいだしたら聞かなくて」
 彼も被害者なのだろう。
「柊君、早起きしてって言っただろう」
「準備しますから、待ってて下さい」
 何を言っても無駄なのだ。おとなしく従おう。今更ながら黒峠に相談したことを後悔していた。これから幾度となく後悔することだろう。
 準備には三十分ほどかかった。亜沙子としては精一杯急いだつもりだが、黒峠は文句を言っている。
「あの、私がいなくても先生と円さんだけでどうにかなるんじゃないですか」
「何を言っているんだい。君も行くべきだ。共犯者だからね」
「その共犯者っていうのやめてもらえますか」
「君はいろいろ役に立つと思うよ。多分」
 期待されているのだろうか。されても困るのだが。



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