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 円の言う「あのこと」とは、殺された重村についてのことらしい。現場に行く前に、ある程度のことは調べていたようだ。
「まだ話していません。一応共犯者だから情報は共有するべきかな」と黒峠。
「私は被害者です」ここは譲れなかった。
 黒峠の代わりに円が重村について話始めた。
「重村勝吉は、『哲学倶楽部カラクリ』というものに所属していたんです」
「テツガククラブ? 何だか怪しいですね。変な宗教ですか?」
「そのようなものですね。報道ではそのことについて触れられていませんでした。カラクリは法人格を取得していませんし、全く世間には知られていないんですよ。宗教法人でなくとも宗教活動を行うことは自由ですから問題はありませんが」
 困った。ホウジンカク? 円が何を言っているのか分からない。だが、教養のない女だとは思われたくなかったので、知ったかぶりをして頷くことにしておいた。黒峠が振り向く。
「今の話、分かったの?」
「わ、分かり、ますよ」思わず目をそらした。
「まあつまりね、カラクリというのは社会的に何らかのはっきりとした立場がある団体ではなかったんだよ。有名な宗教団体とは格が違う。倶楽部というのは趣味性を持つ団体のことだしね。例えば私と円さんと君でつまみ食い倶楽部というものを結成するとしよう」
「何ですかそれ」
「つまみ食いを研究する倶楽部だよ。例えばの話じゃないか。小学校のクラブなどとは違うよ。ある日急に、私が二人を集めて『我々は今日からつまみ食い倶楽部だ』と言うんだ。社会から見て私達はどういう立場になる?」
「その倶楽部、私抜けさせてもらってもいいですか」何ら魅力を感じない倶楽部だ。
「例えばの話だって。誰が本当に結成すると言ったんだ。で、どうなる?」
「どうにもならないと思いますよ。だって勝手に言っているだけでしょう。人を集めるとか会を開くとか何か行動をしない限り、それは私達三人の中でだけのつまみ食い倶楽部です」
「その通りだよ。よく分かったね。賢いね」
 黒峠は拍手をした。完全に馬鹿にされている。
 哲学倶楽部カラクリというのは、そのような団体だったようだ。初めは数人が集まって哲学を学ぶ。それだけだった。場所を借りて研究発表をしたりなどという目立った行動は起こさなかった。内向的な性格のものが集まっていたせいか、ずっとそうだった。
 ある時期からカラクリは宗教としての一面を持ち始める。それでも社会に向けての活動はとらなかった。重村はカラクリの幹部的存在だった。教祖にあたる者が死んでから、カラクリは解散したと言う。解散当時のメンバーは四十人ほどだった。
 他にも幹部にあたる者が数人いて、麻薬取締法違反で逮捕されているらしい。



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