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「それで、どうなんだ。こいつに脅されているならそう言ってくれ。助けてあげよう。警察は善良な市民の味方だ」
 嘘をついたからと言って逮捕されるとは思わないが、それでも嫌だった。人に嘘をつくなんて。しかも警察に。後から後悔するに決まっている。私は見てません。そう言おう。その時、黒峠有紀と目が合った。彼は笑っていた。
「本当です」
「何だと?」
 自分で言っておいて驚いた。本当です、だなんて言うつもりはなかったのに。浅野も疋田も、そして亜沙子も驚いていた。黒峠だけが不敵な笑みを浮かべている。訂正しよう。まだ間に合う。口を開こうとすると、油断した浅野の手を振りほどいた黒峠が亜沙子の前に立った。
「本当です。私と彼女は見たんですよ。この山道で。四十代くらいでやせ型の、髪の短い緑のジャージを着た男をね」
「有紀!」
 浅野が声を荒げた。しかし表情はすぐにゆるみ、笑顔に変わる。「今度は何を企んでいるんだ」
「何も」
 黒峠は第一発見者の情報を麻子に伝えたかったようだ。あからさますぎて、浅野もそれには気付いている。亜沙子は完全に訂正する機会を失った。
「浅野さん。見た、と言っている以上、話を聞くべきではないでしょうか」遠慮がちに疋田が言った。浅野は無言で顎をさすっている。
「考えることはありませんよご老体」
 黒峠は浅野の肩を叩いた。浅野がわざとらしく疋田に耳打ちをする。
「こいつを侮辱罪で捕まえることは無理でしょうか」
「無理でしょうね」疋田が答える。
 頭を掻いて、浅野は小さなため息をもらした。「仕方ないな。有紀も君も来てもらおう。有紀、嘘だったらただじゃおかないぞ」
 結局、亜沙子も警察署へ行くこととなった。どうしていつも、こうなってしまうのだろう。恨めしく思い黒峠を見ると、ウインクが返ってきた。側に刑事がいなければ、拳で殴るところだった。
 到着すると、黒峠と亜沙子は別々の場所で話を聞かれることになった。浅野は黒峠を連れてどこかへ消えた。亜沙子は疋田に話を聞かれることとなった。「相談室」という札がかかっている狭い部屋だ。ここに来る途中パトカーの中で、黒峠は浅野の目を盗み小さな紙を手渡してきた。黒い折り紙の切れ端だ。その丸まった紙にどんな重要なことが書かれているのかと思いきや、「適当に」の一言のみだった。



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