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 私は何の為に来たのかしら。亜沙子は思った。これから黒峠は警察署に連行されるようだ。大事な用があるから一緒に来てくれと言われたものの、何が大事だったのかは分からずじまいだった。それにしても、ここに来るまで「消えた第一発見者を目撃した」などとは一度も聞いていなかった。
 自分より背の小さな浅野に引きずられそうになった黒峠は、足を踏ん張って抵抗した。そして驚くことを言ったのだ。
「勿論、彼女も一緒に」
「勿論?」浅野が眉をひそめる。
「彼女も一緒に?」疋田が続けた。
「当然でしょう。彼女も一緒に見たんですから、その第一発見者を」
 浅野と疋田に見つめられた亜沙子は、ただ馬鹿みたいに口を開けていた。どうして私が。そう顔に書いてあるだろう。黒峠という男がわけのわからないことを言い出すのは毎度のことだ。しかし、今度という今度は、いよいよもって、意図が分からない。
「君、本当かな」浅野が言う。
 本当なわけがない。その第一発見者が男か女かも知らないのだ。首を横に振ろうとしたところ、腕をつかまれたままの黒峠が、声を出さずに何かを言っていることに気づいた。
 ホ・ン・ト・ウ・デ・ス。
 本当です。本当ですと言え、ということなのか。嘘をつけと言うのか。嫌だという意思を示す為、小刻みに首を横に振る。すると黒峠が頬を膨らました。思わず殴りたくなるような顔だ。
「この男に脅されているんじゃないだろうな。嘘の証言をすると君の為にならないぞ」
 浅野にそう言われ、亜沙子は唾をのんだ。
「大丈夫だよ柊君。この人にたいした権限はないんだ。それに浅野さんはもうおじいさんだから怖くないよ」
「何だと、もう一度言ってみろ」
「浅野さんはもうおじいさんだから怖くないよ。浅野さんはもうおじいさんだから怖くないよ」
「誰が二度言えと言った。一度でいいんだよ」
 おじいさん、というのは言い過ぎだった。浅野はせいぜい五十代だろう。全体的に疲れて、くたびれては見えるが。
「誰がおじいさんなんだ」
「浅野さん」
「定年はまだまだだぞ」
「でも、遠い未来ということではないですよね。定年がそろそろ見えてきた頃でしょう」
 失敬な、と浅野が言う。黒峠は強くつかまれたので自分のか細い腕が折れたかもしれない、放してほしい、と訴えたが、浅野は聞き入れなかった。おじいさん呼ばわりされた刑事の目が、再び亜沙子に向けられる。



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