14


 それを聞いた疋田が名刺を調べ始めた。光に透かしている。浅野は顔をこすっていた。面倒な奴が来てしまった。こいつはただの探偵ではない。面倒探偵、もしくは迷惑探偵だ。とにかく面倒で迷惑だった。しかし、黒峠の言う「第一発見者が逃げた」というのは本当だ。煙のように消えてしまったのだ。仲間内ではそいつが犯人ではないかという話も出ている。第一発見者を疑うのは当然のことだった。
「ところで、その子は」
 黒峠を「先生」と呼んでいる若い女性だ。見ない顔だった。


 亜沙子は会釈をした。胡麻塩頭のくたびれたスーツを着た背の低い男性と、グレーのスーツを着た背の高い女性。この二人は警察の人間のようだ。黒峠は「ああ」と言って、人差し指を亜沙子の頬につきさした。
「この子は今回の依頼人の代理です」
「依頼? 何を捜しているんだ。猫か、鳥か? ああ、犬か。それともハムスターかな」
「浅野さん。私は動物以外も捜します」
 黒峠から詳しいことは聞かされていないが、彼とこの浅野という男は知り合いらしい。亜沙子は頬にささった指を払いのけた。
 浅野は小柄な男だった。刑事、という感じはしない。顔を見ると疲れているようだが、もしかしたら普段からずっと疲れた顔をしているのかもしれない。彼から威圧感は感じなかった。相手を猜疑の目で見るようなこともない。どこか飄々としている。眠そうな目で黒峠を見ていた。ぼんやりと見ているようで、だがしっかりと相手を観察している。
「お友達の弟さんが行方不明になったらしいんですよ」黒峠は亜沙子を見た。
 行方不明、という言葉に、浅野は眉を動かし疋田はまばたきを繰り返した。
 黒峠が勝ち誇ったような顔する。「遺体の近くに子供の靴と、紙きれが落ちていた。紙にはこう書いてあった。『子供達は渡さない』。そうですね?」
「凄い推理力ですね」疋田という女性刑事が感心したように言う。浅野がつついた。
「多分推理ではないと思いますよ。こいつはあまり推理をしないんです。特技は嘘をつくことと、盗み聞きをすることですから」言って黒峠に向き直る。「盗み聞きだな?」
 黒峠は振り向いた。浅野も首を伸ばして彼の後ろを見る。誰もいない。浅野は黒峠の肩を叩いた。「お前に聞いてるんだよ」
「私ですか」
「そうだ。まだマスコミにも知られていない情報のはずだからな。有紀、どこで聞いたんだ」
「そこら辺ですよ。警察の人が話しているのが聞こえたんです」
 浅野は口を引きつらせて頷いた。辺りを見回している。一般人に聞こえるような声で重要なことを話しやがって、犯人はどいつだ。今にもそう言い出しそうだった。
「聞いてしまったのなら仕方がないな。記憶を消すことは無理だ。誰にも喋るなよ。喋ったら大変なことになるぞ」
「どうなるんですか」
「こうなる」浅野は親指を立て、首を切るような仕草を見せた。舌を出している。
「どうなるのかちょっとよく分からないんだけど」黒峠は亜沙子に呟いた。そう言われても困る。浅野は路肩に停めてある車を指さした。覆面パトカーなのかもしれない。話を聞くので、車に乗るよう言った。
「署で話を聞こうか、第一発見者の目撃者さん」浅野は容疑者が逃げるのを阻止するかのように、しっかりと黒峠の腕をつかんでいた。黒峠が頷く。



[*前] | [次#]
- 14/114 -
しおりを挟む

[戻る]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -