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 疋田が浅野と黒い男を交互に見る。その目には不信感が宿っていた。彼女の視線に気づいた浅野は、疋田と黒峠を連れてテープの外へ出た。
「失礼ですが、浅野さん。この方は」疋田が黒峠を指す。黒峠はピースサインを見せた。
「知らないと言いたいところなんですがね、いや、知らないことにしておきましょうか。そうだ、見えないことにしよう。見えないんですよ。いいですか、この男を見ないで下さい」
 この場にいないことにしたかったのだが、黒峠は疋田に勝手に自己紹介を始めた。存在を無視するのは難しいようだ。
「私はここにいますよ。見えますか。浅野さんも酷いことを言いますね。幽霊じゃないんですから。どうも、第一発見者の目撃者、黒峠有紀です。知りませんか? 知りませんよね。私もあなたを知りませんから。第一発見者が逃げたと聞いて、私が必要になるのではないかと思い、こうしてここに馳せ参じました。浅野さんと私は親子のような親友のような敵同士のような、とにかく素敵な関係です」
 勢いよく黒峠が手を差し出したので、疋田は戸惑いながらも握手をした。真面目な性格らしく、彼女も名乗った。
「私は疋田です。浅野さんとお知り合いなんですか」
「ええ。私はこういう者です」
 黒峠は名刺を疋田に渡した。浅野が覗きこむ。「探偵 黒峠有紀」と書いてあった。やけにあっさりしたそれには、住所や電話番号なども書いていない。あまり意味のない名刺だった。
「住所くらい書いたらどうなんだ」浅野が指摘する。
「個人情報は知られたくないんです」
「それなら名刺は作らない方がいいな」
 三人の様子を暫く見守っていた若い女性が、黒峠に近寄った。
「黒峠先生、その名刺本物なんですね」
「偽物を渡してどうするんだい柊君」
「私、初めて会った時に偽の名刺を貰いましたから」



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