39


「本当にいい加減にして下さい。私のことをからかって何が楽しいんですか」
「まあまあ亜沙子、何なの。黒峠先生に失礼じゃない」美和子は後ろから亜沙子に手で目隠しをした。「先生、お気になさらないで下さいな。うちの子近頃少し変ですの」
「ええ、分かります」黒峠が頷く。
「お母さんもいい加減にして!」
 母の手を振りほどくと、亜沙子は黒峠の肩をつかんでヒステリックに揺さぶった。
「確認したいことがあるんでしょう、先生! 早く確認して下さい!」
「ああそうそう」何故か黒峠は腹を抱えて大笑いしている。
「そうだった。お母さん、お聞きしてもいいですか」
「何ですか」美和子もつられて笑いだした。変な人というのは、人が笑いだすと一緒に笑うのが礼儀なのだろうか。
「亜沙子さんに手紙か何か届きませんでしたか」
 黒峠の笑いはおさまっていたが、美和子はまだ狂ったように笑い続けている。全く世話がやけるんだから。亜沙子は美和子の腕をつかんで怒鳴った。
「お母さん、お母さんてば! 私に何か届かなかった?」
 すると美和子は笑うのをやめ、何事もなかったような顔でエプロンのポケットに手を入れた。
「そうね、ついさっき届いたわ。今朝と同じ、手紙が一通」
 美和子は手紙を亜沙子に渡すと洗面所へ向かった。亜沙子は封筒を眺めた。今朝と同じような手紙だ。あの汚い字。そして差出人の名前はなかった。
「開けてみてくれる?」と黒峠。
 亜沙子は戸惑った。この手紙の差出人はおそらくあの電話の男だ。この中に何が書いてあるのかは分からないが、良い内容ではないだろう。開けるのが怖かった。
「私が代わりに開けようか」
「あ、いえ。いいです。自分で開けます」こんなことで見栄を張っても仕方がないのは分かっていたが、亜沙子は強気に振る舞った。黒峠に自分の弱い部分は見せたくはない。手紙はこのようなものだった。

アサちゃんへ
 アサちゃん、久しぶりに君の声が聞けて嬉しかったよ。もう十二年も会ってないものね。
 早く君に会って話がしたいなあ。
 本当に後少しで仕事が終わるから、そうしたら会いに行くよ。
 待っていてね。

 手紙を読むと、あの男の声が聞こえてくるようで気持ちが悪かった。隣で手紙を読んでいた黒峠は、何かを考えている様子だ。



[*前] | [次#]
- 39/94 -
しおりを挟む

[戻る]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -