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「もう十二年も会ってない、か。柊君、十二年前に誰か変な人に会わなかったかな」
「覚えているわけないじゃないですか。十二年前っていったら、私はまだ六歳ですよ」
 人に質問しておきながら、黒峠は亜沙子の返答に何の興味も示さなかった。失礼な奴だな、とにらみつけると、彼がある一点に視線を向けていることが分かった。亜沙子の手元、手紙の裏側だ。
「どうやら私は相当嫌われているみたいだね。その彼に」
 手紙の裏を見て、亜沙子は目を見開いた。

『黒峠有紀 お前を必ず消す』

 紙の中心に、この一文だけ印刷されていた。表の手書きの文とはまた違った恐怖が伝わってくる。亜沙子は手紙を丸めた。
「先生、ごめんなさい」
 珍しく黒峠が本気で驚いたような顔をした。
「ごめんなさいって、どうして君が謝るんだい? 柊君。まさかこの文を印刷したのは君なの?」
「違う!」下を向いたまま亜沙子は怒鳴った。黒峠はどこまで本気で言っているのだろう。ほとんどが冗談なのだろうが。涙が頬を流れた。
「冗談だよ柊君。嘘だって。泣かないで」
 やはり冗談か。この男、心の底では私がいちいち怒るのを見て楽しんでいるのではないだろうか。しかし、今はそんなことはどうでも良かった。
「この手紙を書いた人が用のあるのは私なんです。なのに、黒峠先生までまきこんでしまって……。先生に何かあったら私のせいです」
「おいおい、泣くなら私に何かあってからにしてくれないか。まだピンピンしてるのに泣かれたんじゃ、気分が悪いよ」
 どんなに怒っても気にしない様子だった黒峠だが、泣かれるのは参ったようだった。気まずそうに頭を掻いている。
「さあ涙を拭いて。あ、これ。はいどうぞ」
 ゴミ袋からはみ出たトイレットペーパーを渡されると、亜沙子は力強く投げ捨てた。
「お客さんですか」明らかに服を裏表逆に着た亜沙子の父、柊純一が奥の部屋から顔を出した。



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