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「変なことをしないで下さいよ」
 黒峠は亜沙子を無視して変なことする気らしく、鳥かごを抱えてにやにや笑っていた。「警備員さん、乱暴なことをしなくてもドアは開けますよ。一度下がって下さい」
 斧が引っ込むと黒峠はドアを閉め、チェーンを外した。止める暇はなかった。ドアが開かれる。するとオコゲが警備員に飛びかかった。叫びながら警備員はその場で回り出す。
「失礼しますね」
 黒峠は鳥かごの底で警備員の頭を殴りつけた。鈍い音とともに、警備員は倒れ込んだ。手から斧が離れる。
「大丈夫なんですか」亜沙子は呟いた。
「全然大丈夫。へこんでないよ。傷ひとつない」自慢げに黒峠は鳥かごを指さしている。
「そっちじゃなくて、この人ですよ。そんなもので殴って、死んだらどうするんですか」
 いくら相手が斧を持っていたとは言え、やりすぎではないだろうか。
「死にはしないさ。それより、ほら」警備員は床で丸くなりながら呻いていた。黒峠が斧を蹴り飛ばす。「目を覚ます前に逃げよう。オコゲと一緒に先に行っていてくれ。鳥かごも持って行ってね」
 九官鳥を鳥かごにいれ、それを亜沙子は持たされた。文句を言いたいところだったが、警備員の呻き声が大きくなったので慌てて部屋を出た。横たわる男の側を通り過ぎ、離れたところで黒峠を待っていた。しかし何をしているのか、部屋から出てこない。仕方なく亜沙子は先にロビーへ向かうことにした。

 * * * *

 しばらくすると、黒峠が黒い鞄を提げてやってきた。何が面白いのか笑みを浮かべている。
「遅かったじゃないですか。何をしてたんです?」
「ちょっとね」また嫌な笑みを浮かべた。見ている者を不安にさせるような笑みだ。この男が微笑む時は、ろくなことがない。
「あの警備員さんの持ち物検査をしていたんだ」
「変なことしないでって言ったじゃないですか!」
 変なことどころか既に犯罪の域だ。
「まあまあ、面白いことが分かったよ」彼の懐から出てきたのは免許証だ。
「これは警備員さんの物だよ。写真を見て。あの人でしょ」
「盗んだんですか? 泥棒ですよ!」
「これは後で警察にでも拾ったとか嘘をついて届けるから。それよりここからがもっと面白いんだよ」
 何が面白いのか。事態は常に悪い方へ向かっているような気がして仕方がない。亜沙子は鳥かごを床へ置いて腕を組んだ。
「警備員さんの服には、『青木』という名札がついていた。でもこの免許証の名前は『田代』となっているんだ。ね、面白いだろ」
「何が」面白い面白くない以前に、とにかく黒峠の笑顔が不愉快だった。
「この田代という男、何で青木さんの制服を着ているんだと思う?」
「知りませんよ。青木さんの制服を間違えてきちゃったんじゃないですか。みんな変なんだもの」
「違うよ。この青木さんの制服を着ていた田代さんはね、警備員じゃないんだ。実は、青木さんの制服を着ていた田代さんは……」
「先生、『田代さん』だけでいいですから」
 黒峠は大きなくしゃみをひとつした。
「あれ。くしゃみのショックで何を言おうとしたか忘れてしまったよ」
 亜沙子は、彼の顔を思いきり引っ叩きたくなった。



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