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「はーい」あろうことか黒峠はドアの方へ向かっていった。
「先生!」
 亜沙子は物に足をとられながら、必死で黒峠を追いかけた。「何をする気なんです?」
「何って、鍵を開けようと思って。ノックの音、君にも聞こえるでしょ」
 そのノックの音も激しさを増して、もはや扉の向こうにいる相手が普通でないことは確実だ。それなのにドアを開けようなんて、こいつ頭がおかしいんじゃないだろうか。おかしいみたいだけど。
「お願いです。先生が変なのは分かってますけど、ドアは開けないで下さい」
 ノックが終わり、今度はノブが激しく回されている。
「何で開けちゃいけないんだい」黒峠は鍵を開けた。
 ガン、と大きな音が廊下に響く。ドアチェーンがかけてあったので、ドアは少ししか開かなかった。
「先に言って下さいよ」
「何を」黒峠は楽しそうだった。
「くそお、開けろおおおおおお!」扉の向こうの誰かは、何度も力いっぱいドアを引いている。亜沙子は息をのんだ。さっきはホッとしたものの、よく考えてみれば何の解決にもなっていない。逃げることも出来ないのだ。ドアの隙間から手が伸びてきたので、亜沙子は悲鳴をあげた。
「俺だってドアを開けてやったじゃないか! お前らも開けろ!」
 声が違う。電話の人じゃない。亜沙子は黒峠を見た。黒峠も同じことを思ったらしい。先ほどと同じ余裕の口調で彼はドアの向こうの男に言った。
「警備員さん、どうしました? 何か言い忘れたことでも?」
 そう、この声はあの警備員のものだ。あの時とは態度がまるで違って、彼は顔を歪めて怒鳴っていた。
「あんた」
 指をさされた黒峠は、不思議そうに後ろを振り向いた。
「あんただよ! 黒い服を着たあんただ! そう、あんただって!」
「私は黒峠ですが」
「そうか、あんた、黒峠っていうのか」
「そう、黒峠有紀。漢字は黒峠の黒に、黒峠の峠。それに有紀の有紀です」
 隣で聞いていて具合が悪くなってきた。警備員が一度手を引っ込めると、次に小さな斧のようなものが現れた。それでドアチェーンを切断するつもりらしい。
「まずい。柊君、逃げよう」
「どうやって逃げるんですか。出口は一つしかないのに」
 にやりと黒峠は笑った。嫌な笑みだ。「強行突破だよ」
 そう言って九官鳥のオコゲを呼び寄せ、頭にとまらせた。



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