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「どこでここの映像が見られるんですか」
「そうだな、中央棟にある部屋だったかな」
「行きましょう!」亜沙子は鞄をひっつかむと、弾けるように駆けだした。黒峠も慌てて追いかける。
「女の子にしてはあさましいね、柊君」
「あさましいじゃなくて勇ましいでしょう!」

 * * * *

 中央棟の四階にそれらしい部屋はあった。すぐそばの廊下にある長椅子で、警備員の制服を着た男がぼうっとして座っている。「関係者以外立ち入り禁止」という文句も気にせず、亜沙子は力づくでドアを開けようと取っ手をつかんだ。しかし、鍵がかかっているらしくドアは開かない。
「ねえ、いるんでしょう? 開けてよ!」
 乱暴にドアを叩いた。非常識なのは分かっているが、今自分の周りにまともな人間はいないに等しい。これくらいのことは許されるだろう。何がまともで何がまともではないのか、分からなくなりつつあった。すると、無精ひげをはやした警備員の男が近づいてきた。
「ちょっとちょっと、ダメだよ」
「中に誰かいるみたいなんです」
「ええ? ……まさか。鍵は俺が持ってるんだよ。しかもね、ずっとここにいた」
 鍵を取り出して部屋の中を確認してみたが、誰もいない。
「ほらね、いないじゃない」
 亜沙子が不満そうに口を尖らせていると、黒峠が前に出てきた。
「警備員さん。あなたそこの長椅子で眠ったりしませんでしたか」
 もしそうなら、その隙に鍵を盗んで侵入したということも考えられる。
「ああ」警備員らしき男はあくびを繰り返した。「三十分くらいですかね。夢にうさぎが出てきて、楽しかったですよ。俺、うさぎが大好きなんだ。そのうさぎはワニに食われちまいましたがね、俺、ワニも好きだから喜んじゃった。ワニは歯が可愛いですよね」
 そんなことはどうでもいい、と亜沙子が怒鳴ろうとすると、黒峠が手をあげて発言した。
「いえ、ワニの可愛いところは爪ですね」

 * * * *

 亜沙子は黒峠に説教しながら研究室へと戻った。雪崩が起きそうなその部屋では、オコゲが元気に飛び回っている。
「黒峠先生、ふざけるのは結構ですが、時と場所を選んでもらえますか」
「そんなことよりさっきの電話だ」さりげなく話題を変えた。「リダイヤルしても繋がらないね」



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