いつの間にか自分の携帯電話が黒峠の手に渡っている。
「人の物、盗まないで下さいよ」
「盗んでないよ。君が返してくれって言わないから預かっていたんだ」
そう言いながら黒峠は亜沙子の携帯電話をいじっている。亜沙子はそれを引っ手繰った。
「プライバシーの侵害ですよ」
「どうしてその男は君の電話番号を知っていたんだろう。柊君、結構遊んでる方なの?」
「遊んでません!」
黒峠は肩をすくめた。
何で昨日会ったばかりの男に、遊んでるだのなんだのと言われなければならないのだ。失礼にもほどがある。
「この人、きっとアサちゃんの知り合いだろうね」
突然「アサちゃん」と呼ばれたので、亜沙子は眉をひそめた。
「何ですか、「アサちゃん」って」
「電話の相手がそう呼んでいたじゃないか。だめ?」
「だめです。ところで、私あんな気持ち悪い人知りません。絶対知り合いじゃないです。向こうが勝手に私のことを調べて、一方的に知り合いだと思ってるんじゃないですか? ストーカーみたいなもののような気がするんですが」
黒峠は亜沙子を見つめた。
「本当に、そう思う?」
亜沙子は黒峠から目をそらせた。本当はあの声に聞き覚えがあったのだ。はっきり「この人だ」と該当する人物は思い当たらない。しかし、あの声を聞いたのは初めてではない。それは確かだった。
「とにかく、相手は危険な人物なようだね。君に執着している。変人だよ」
あんたも変人でしょ。亜沙子は心の中で呟いた。
「彼はもうすぐここへ来るだろうね」
それを聞いて、背筋が寒くなった。あいつがここに来る?
「脅かさないで下さいよ」
「別に脅かしてなんかいないさ。彼はおそらく、防犯カメラを通じて我々の様子を見ていたんだ。警備員が寝ている隙に。その前も、君の後をつけていたんじゃないかな。彼凄く怒っていただろう? 怒りは人を動かす大きな力になる」
黒峠は実にのんきな口調だった。
「どうするんです。私に何かする気なんでしょうか」
「君には何もしないだろう。彼の怒りの矛先が向いているのは、多分私だ」
亜沙子は驚いた。
「何で?」
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