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「みんなが統一してとっている行動、それは外部に自分達がおかしくなっていることを悟られないようにすることなんだ」
 亜沙子は首をひねった。
「柊君のお父さんも会社に行かず家で変なことをしているようだけど、おそらく欠勤の連絡は会社に入れているだろう。怪しまれないようにね。調べたところ、エリア内の人全員が仕事を休んでいるようでもないみたいだし、外部の人間はこの事態に気づかなくても当然かもしれない」
「じゃあ、ビデオにでもこの光景を録画して、外部の人に知らせましょうよ!」
 黒峠の手元には、箸の袋から出来た立派な折鶴があった。おまけに尻尾を引っ張ると羽がはばたくらしい。黒峠は鶴をはばたかせながら言った。
「知らせるって、誰に?」
「誰って、誰でもいいですよ。出来れば警察とか」
「それで、知らせてどうするんだい? ここに来てもらう?エリアに入ったらみんなおかしくなるんだよ、さっきも言ったけど」
 亜沙子は黙り込んだ。
「第一いくら映像があったって、みんなが信用してくれると思うかい。みんなが突然変になった、私しかまともな人間はいないんだ、なんて言っても、せいぜい君がおかしいと思われるのがオチだよ」
「そんな……」亜沙子ははばたく鶴を見つめた。「それじゃあどうしたらいいんですか」
「助けを求められないなら、自力でどうにかするしかないんじゃないの」
 黒峠の投げやりな言い方に、亜沙子は少し腹を立てた。
「どうにかって、どうするんです? 私は今どうしてこうなっているか、見当もつかないんです。何の手がかりもないし」
「手がかりならあるよ」
 いきなり黒峠が鶴を後ろに放り投げた。
「今朝君の元に届いた手紙だ」
 手紙。今朝のアレか。「君も変になりましたか」などという不愉快な文面で始まる謎の手紙。
「この手紙の差出人が誰なのかは分からない。が、私と君の他にこの状況に気づいている人物がいるんだよ」
「そうですかあ?」亜沙子は半信半疑だった。「みんなはあんなに変なんですよ? この手紙を書いた人も変になっているからこんな手紙をよこしたのかもしれないじゃないですか」
「いや、違うね。私には分かる」
 黒峠の目は自信で満ち溢れていた。その自信はどこから来るのだろうか。聞いたところでまた意味の分からない答えが返ってくるのだろうが。



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