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「偶然です、偶然。勝手に頭に乗ってたんですから」
 亜沙子や黒峠が動く度、部屋のどこかで何かが崩れた。そのうちガラクタの雪崩が起きて、自分まで埋もれてしまうのではないかと不安になるほどだった。
 黒峠という男は全く頼りにならない。訪ねたのは間違いだ。こんなところに長居は無用、と亜沙子は一歩踏み出した。しかしこの部屋には、足の踏み場というものがない。本に躓き、そのまま倒れこんでしまった。顔を歪めて体を起こすと、突然何かが下から飛び出してきた。亜沙子が悲鳴をあげる。よく見ればその正体はただの鳥だった。黒峠がやけに気にしている、あのオコゲとかいう九官鳥だ。
「やっぱり君が……」
「違いますってば! このガラクタの中で迷子になっていたんでしょう、可哀想に。何でも私のせいにしないで、少しは部屋の片付けでもしたらどうなんですか!」
「よく喋るんだね、柊君」
 黒峠が感心したように言う。亜沙子の怒りはおさまらなかった。
「どういう部屋なんですかここは。このままだったらその九官鳥だって、物に埋もれて死んじゃいますよ。みんながおかしくなっていることに気づいているのに、あなたは何もしようとしないし。非常識なんですよ。まあ黒峠先生も頭がおかしいってことは見れば分かりますけどね。こんな非常事態に米を食べるって言うんですから。少しは調べたりなんなり……」
「ああ!」
 黒峠は亜沙子の言葉をさえぎるように手を叩いた。
「それだ、忘れていたよ。みんながおかしくなった件についてなんだけど、少し調べてみたんだ。聞きたい?」
 亜沙子は口を開けたまま頷いた。
「まず、日本中の人間がおかしくなったというわけではないらしい」
「はあ。それはまあ、私もテレビや新聞を見て、そう思いましたけど」
 急に様子が変わり、黒峠は真面目に話し始めた。亜沙子はとりあえず両手の握りこぶしをほどいて椅子に座りなおすことにした。
「どうもね、はっきりとはまだわからないんだけど、夜月市のある一部の人間だけが、おかしくなってるんだね。人というより、場所。その場所にいる人がおかしくなってるんだ」
「よく分からないんですが、その場所を越えたところにいる人はどうなっているんですか」
「普通だよ。電車の中で靴を脱いで正座もしないし、逆立ちでお経を読んだりもしない」
 九官鳥のオコゲは、アンモナイトの上で休んでいた。
「信じられないかもしれないが、そこを越えるとみんな普通の状態に戻るんだ。ピタリとね。そしてほぼ例外なく、その中に入ると変になる」
「意味が分からないんですけど」



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