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 そう言われても、適当に座るところが見当たらない。椅子も書類や本で埋もれていた。まるで引っ越してきたばかりか、大掃除の途中とでもいうところだ。何とか亜沙子は本をどけ、自分の座るところを確保した。黒峠は狭い水道で軽快に米をといでいる。
「それで、何の用かな柊君」
「何の用かなじゃありませんよ。私に変な手紙をよこしたの、黒峠先生ですよね。わざわざうちにまで来たんですか?」
 黒峠は白いタオルで手を拭いた。
「覚えがないなあ。よかったら、その手紙とやらを、見せてくれないか」
 亜沙子は手紙を手渡した。黒峠はじっと手紙を見つめている。やがてため息をつくと、それをつき返してきた。
「酷いじゃないか。私はこんなに字が汚くはない」
「じゃあ、この手紙を出したのは誰なんですか」
「知らないよ。とにかく、私はここまで字が下手じゃない」
 納得がいかない亜沙子は、不満そうに手紙と黒峠を見比べた。視線に気づいた黒峠が手紙を指さして説明する。
「いいかな柊君。この手紙は私が書くことは不可能なんだ。初めに何て書いてあるか、読んでみたまえ」
 亜沙子は折りたたまれた手紙を渋々開いた。あまり何度も読みたい内容ではない。
「亜沙子様。久しぶり。君も……」
「そこ!」黒峠が大声をあげる。
「私は君の下の名前を知らないんだ。今手紙を見るまではね。昨日聞いたのは名字だけじゃないか。今知ったのに、どうしてこの手紙が書けるんだい」
 昨日、黒峠と学校で会った時のことを思い出してみたが、どう名乗ったかなど覚えていない。引き続き不満そうな亜沙子を見て、黒峠も不満そうな顔をした。そして面倒そうに、ホワイトボードを引っ張り出す。そこに黒のマジックで何かを書き始めた。
「どうだ。全然違うでしょう」
 ホワイトボードに書かれた「柊 亜沙子様」という字は、確かに手紙のそれとは違っていた。見た目に似合わず可愛い字だ。
「だとしたら、一体誰がこんな手紙を……」
「ねえ、そんなつまらないことより柊君。うちのオコゲを知らないかな」
「つまらないことってなんですか」
 亜沙子が立ち上がると、壁にかけられていた油絵が床へ落ちた。キャベツばかりが五つ描かれた、妙な絵だった。
「つまらなくないですよ。私、真剣に悩んでるんです。大体どうして、私があなたの鳥の行方を知ってるんですか。知るわけがないでしょう」
「何で。昨日オコゲを持っていたじゃないか」



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