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「お母さん、ちょっと出かけてくるね」
「また学校に行くの? あんたも好きね、学校」
「違うわよ。だって夏休みだもの」

 * * * *

 夜月大学は、一度見学会に参加したことがあるので行き方は覚えていた。あの時は正真正銘、夏休みの最中だった。
 鞄の中に入っているのは、あの気味の悪い手紙だ。亜沙子は電車の中で手紙を読み返していた。何度見ても汚い字だ。そして読み返しているうちに、ある疑惑が頭に浮かんだ。
 この手紙、まさかあの黒峠とかいう男がよこしたんじゃないでしょうね。
 そう思えば思うほど、そんな気がしてきた。普通なら考えられないが、相手は変人だ。こちらが困っているのをいいことに、怖がらせて楽しんでいるのかもしれない。思い出せば、嫌な笑みを浮かべる男だった。もしかして、全ての元凶はあの男なのだろうか。そうだとしたら、許せなかった。
 亜沙子は握り拳を固めた。腕力に特別自信があるというわけではなかったが、あの痩せた男には勝てる気がした。
 車内は静まり返っていたが、異様な光景が広がっている。乗客全員が靴を脱いで、座席に正座していた。周囲の人々は変なものでも見るように亜沙子に目を向けている。
 靴を脱げばいいんでしょう。視線にたえかねた亜沙子は靴を脱いで正座した。これではどちらがおかしいのか、分かったものではない。

 * * * *

「黒峠先生。そんな先生いたかしら」
 受付の女性は、やけに化粧が濃かった。露出度の高い服を着た彼女は、足を組んで亜沙子を見ていた。長いことねばっているのだが、話が通じない。
「多分、ここにいるはずなんですよ。名刺を貰ったんです」
 亜沙子は名刺を見せた。
「あらまあ、いるみたいね」
「とりついでもらえませんか。どこにいるか、教えてくれるだけでいいんです」
「そうねえ」受付の女性は長い爪を眺めていた。「だけど私、この学校の関係者じゃないのよ。ロビーにいい感じの椅子があったから、座ってみただけなの。昔、受付嬢に憧れていてね。どう? 似合うでしょう」
 要するに、彼女と話していた時間は無駄だったようだ。
 救いを求めるような気持ちで、広いロビーを見渡した。案内図もあるにはあるのだが、変な絵の描かれた張り紙がされているせいで読めない。校内ですれ違った人も、質問したい雰囲気の人はいなかった。誰もが、どこかおかしい。



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