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 顔の辺りまで鳥かごを持ち上げて、オコゲに話しかけている。同意を求めているかのようだった。人間についての意見で同意を求められた鳥も迷惑だろう。当然だがオコゲは無反応だった。
「こんな異常事態を放っておくなんて、どうかしてますよ」
「異常?」また黒峠は大袈裟に見回した。挑発しているようにしか見えない。
「どこが異常なの」
「全部ですよ!」あんたも含めて、と心の中で付け足した。「先生だって、今日はみんなおかしいって言ってたじゃないですか」
 必死に訴える亜沙子とは対照的に、黒峠は笑っている。
「そうだね。でも私はほら、元から変人だから困ってはいないよ。むしろ暮らしやすいかな。これほど周りに馴染んだのは初めてかもしれない」
「そんな……」
「がっかりしないで、柊君」
 がっかりしたのではなく、呆れていたのだ。出来れば自分こんな変人には頼りたくない。はっきり言って、ここでこのまま別れたかった。しかしそう贅沢も言っていられない。今頼れる人物は、この自称大学教授の黒い男の他には誰もいないのだ。
「先生、私を見捨てないで下さい。何とかしてみんなを元に戻して下さいよ」
「そう言われてもね。私は魔法使いでも病院の先生でもないんだよ。ただのしがない変人だから」
 明らかに乗り気ではない。しかし亜沙子は引かなかった。
「もうこの際、職業年齢不詳不審変人でもいいですから」
 それは言い過ぎじゃないか、という黒峠の言葉は遮られた。
「本当に困ってるんです。どうにかして下さい! このままで良いはずないじゃないですか」
「うーん。別に困ることはないじゃないか。たかがみんな変になっただけなんだから」
「困りますよ!」
 叫び声が、誰もいない廊下までこだました。
「先生が困らなくても、私が困ります。私は一般人なんですよ。このままじゃ私がおかしくなるのも時間の問題です」
「一過性のものかもしれないから、みんなが元に戻るまで周りに合わせていればいいんじゃないかな」
「無理です」
 何とか引きとめようとねばったが、「それじゃあ調べてみるよ。それでいいでしょ」とかわされてしまった。
「何かあったらここを訪ねてね」
 去り際に黒峠は例の怪しげな名刺を指さした。亜沙子は鼻歌まじりに帰って行く黒峠の背中を、ただ見つめていることしか出来なかった。



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