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「私、朝起きたらみんな変になってて、それで、誰に言っても私の方が変だって言われてそれで……」
 とめどなく流れてきそうな涙を必死でこらえた。人前で泣くのは好きじゃない。こんな時でも、亜沙子の意地っ張りな性格は変わらなかった。
「それで、もしかして本当に私の方が変なのかなって思って……」
「大丈夫。柊君は変じゃないよ。変人の私が言うんだから間違いない」
 よく分からない励ましだったが、亜沙子は頷いた。この男、確実に変人ではあるが、他の人とは何か違う。周りの異変に気がついているのだ。もしかしたら、頼りになるかもしれない。

 * * * *

「うどん? それは面白いねえ」
「全然面白くないです」
 亜沙子は今日の出来事を、事細かく黒峠に話した。しかし、変な出来事を話す度にいちいち反応してくるので、話が前に進まない。
「ところで、君のご両親はいつもそんなに面白い人なのかい」
「ですから、変なのは今日だけなんです。何回言ったら分かるんですか」
「それで何が変なんだっけ」
「全部変ですけど」
「どこまで話が進んだかな。ああ、君のご両親がうどん好きなところだ」
「うどんの話はうちの親と関係ありません! うどんはタクシーの運転手の話ですってば!」
 まるで話にならない。自分の見込み違いだったのだろうか。亜沙子がため息をつくと、黒峠はあくびをした。
「やあ失敬。君のあくびがうつってしまったよ」
 私はあくびなんかしてませんけど。黒峠は相手に対する配慮が欠けていた。我が道を行く、と言うか、相手に合わせることをしない。唯我独尊と言うべきだろうか。文句を言おうとすると、伸びをしながら黒峠は立ち上がった。そのまま鳥かごをつかみ歩き出したので、亜沙子は追いかけた。
「ちょっと、どこへ行くんですか」
「どこって、帰るんだよ。今日から夏休みなんでしょ」黒峠はぐるりと辺りを見回した。「それに腹も減ったしね」
「待って下さいよ。帰るって、どういうことですか。よくのんきに腹が減ったなんて言ってられますね」
「人間だもの。腹は減るよね」



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