18


「今はね、教授ってことにしておいてくれるかな」
 怪しい。まるで自分は「教授ではない」と言っているようなものだ。
「本当はどうなんです」
「だから、今は大学教授」
 あくまでも教授で突き通す気らしい。まあ、いいか。それ以上は深く聞かないことにした。相手は変人だ。
「君、名前は?」
 何故見ず知らずの人間に名乗らなくてはならないのか。だが、一応名刺も見せてもらったので自分も名乗ることにした。それが礼儀だろう。
「柊です」
「何が」
「名前ですよ! 今、聞いたじゃないですか!」
 黒峠は首を傾げた。「そうだっけ?」
 服装といい、九官鳥のオコゲといい、この男がおかしいのは確実だった。やはり、まともな人間はもう一人もいないのか。そう考えるとまた涙が出そうだった。
「じゃあ帰ります私。黒峠先生も気をつけて」
 教授かどうかは分からないが、本人が言うのだ。先生と呼んでやろう。それにしても、家に帰ってどうすると言うのだろうか。両親が元に戻っていてくれれば嬉しいが、それはないだろう。
「ええー、もう帰り道なんか覚えてないよ。どうすればいいんだ」
 黒峠が嘆いている。とにかく、こんな男には構っていられない。亜沙子が教室から出ようとしたところで、黒峠が声をかけてきた。
「ねえ、君はみんなと違って普通みたいだね」
 耳を疑った。
「今日はみんなおかしいじゃないか。道を尋ねるのも苦労したんだ。何なんだい、今日は」
 黒峠は独特な喋り方をする男だった。そんな彼を、亜沙子はただぼうっと見ていた。今、何て言ったんだろう。言葉の意味が、瞬時に頭で理解出来なかった。予想外の人物の口から、予想外の言葉が飛び出したのだ。それは亜沙子が、誰かにずっと言ってほしかった言葉だった。
「お巡りさんに聞いてもまともな答えは返ってこないし、タクシーは乗車拒否。せっかくたどり着いたと思ったら、夏休みだもんなあ」
「黒峠先生も、みんなが変だと思いますか」
「あれが変じゃなかったら、何が変なんだ。私の場合は普段から変人と呼ばれるから、他人のことを言う資格はないけどね。あれ、柊君どうかしたの? 目にゴミでも入った?」
 黒峠に言われて初めて気づいた。泣いている。ほっとしたからだろうか。



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