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「君、やっぱり知っていたんじゃないか、オコゲのこと。どうして教えてくれないんだい? それとも鳥泥棒か君は」
「違いますよ! 勝手に頭に乗ってたんですから」
 亜沙子が九官鳥を返すと、男はほっとしたように「オコゲ」を鳥かごに入れた。
「君がいい加減に道を教えるから、たどり着くのに苦労したよ」
 男は肩をすくめた。何の事かと記憶を手繰り寄せ、ようやく先程のことを思い出した。
 確かにいい加減だったが、方角はあっていたはずだけど。それに、あの場所から学校は、そう離れたところではない。あんたが方向音痴なんじゃないの。そう言おうと思ったがやめた。どうせこの男も頭が変なのだ。まともに話そうと思っても無駄だろう。
「それにしても、夏休みとはどういうわけだい? 夏っていうのは一般的に、六、七、八の三カ月で、もう過ぎてるはずだけど」
 鳥かごを机に置き、男は近くの席に腰かけた。無視しようかとも思ったが、他にすることもなければどこかへ行く予定もない。亜沙子は半ば投げやりな気持ちで、男の質問に答えることにした。
「多数決で決まったそうですよ。始業式はお気に召すままだそうです。残念でしたね」
「本当だよ。用事があってはるばる大学から来たのに」
「大学?」
 男は頬杖をついた。
「夜月大学」
 亜沙子は反応した。夜月大学は亜沙子が志望している私立大学なのだ。大学から来たというが何者なのだろう。生徒には見えない。
「失礼ですけど、どちらさまですか?」
 亜沙子の言葉に男は耳を貸さず、机に伏せて何かを呟いている。聞き取りにくいが、どうやら文句を言っているらしい。
「ねえ、無視しないでよ!」
 男は懐から名刺を差し出した。「夜月大学 教授 黒峠有紀」。
 住所も記載されていない、簡素で怪しい名刺だ。大体普通、教授なら学部が書かれているものではないだろうか。こんな漠然とした名刺があっていいのか。その上この男、到底教授には見えない。生徒という若さではないが、教授という歳でもなさそうなのだ。
「本当に教授なんですか?」
 不躾かとも思ったが、思い切って聞いてみた。黒峠という男はゆっくりと顔を上げる。眠そうだった。こんな短時間机に伏せていただけで、もう睡魔に襲われたとでも言うのだろうか。
「本当だと思う?」
「私が聞いてるんですけど」
 亜沙子は語気を強めた。



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