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 奥の壁に、クレヨンで描かれた下手くそな落書きがあった。そして机の上には無造作に散らばったクレヨンがある。
「何かあったか」
 奥からもう一人警官が出てきた。また、鈍い頭痛がする。その中年の警官の手には、しっかりと桃色のクレヨンが握られていた。若い方の警官もクレヨン握りしめている。
「ああ、聞いて下さいよ。この子変なんです。自分で変って言ってますからね」
「それは変だな。君、相当変だよ。普通じゃないみたいだから、病院に行ったらどうかな? いい病院知ってるよ」
 若い警官が身を乗り出した。目を輝かせている。
「それ、どこですか?」
 聞かれた中年の警官がにやりと笑った。
「あっち」
「あっちじゃ分かりませんよお」
 二人の警官は笑った。この人達もだめだ。どうやらまともな人はもう一人もいないらしい。次に警官達は、自分の描いた落書きがどれだけ上手いか互いに自慢し始めた。絶望的な気分で亜沙子は歩きだした。
 どうして、何が原因でこんなことに。

 * * * *

 いつの間にか、亜沙子は学校の前に立っていた。自分では向かっているつもりはなかったのだが、無意識のうちに来てしまったらしい。制服を着ていると、自動的に足が学校へ向かってしまうものなのだろうか。
 今朝のことを考えると、教室に入るのは気がすすまない。しかし、他に行くあてもないのだ。みんなと同じように居眠りをするのも悪くないかもしれない。
 もうこうなると、みんなが変なのか自分が変なのか分からなくなってくる。
 そうこう考えているうちに、亜沙子は自分の教室へたどり着いた。ドアを開けると、おかしなことに坂下先生の姿しかない。他のみんなはどこに行ってしまったのだろう。まさか体育館で盆踊りでもすることになったのではないだろうが。
「何だ柊、お前反省文は書いたのか」
「そんなことより、みんなはどこへ行ったんですか。確か今日は一時限目からずっと居眠りだったはずですけど」
 坂下先生は、床に散らばった紙を拾いながら言った。
「夏休みになったんだよ。嬉しいだろう。俺が提案したんだ」
「はあ?」
 夏休み。今は十月だ。というか、夏休みは明けたばかりではないか。先生は何を言っているのだろう。今日は彼の口からまともな発言が飛び出したためしがない。



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