それにしても困った。困ったとしか言いようがない。それ以外で、自分の今の気持ちを表す言葉があるだろうか。
亜沙子は道の真ん中で、ぼうっと突っ立っていた。こういう場合はどこへ行き、誰を頼ればいいのか皆目見当もつかない。何せ、両親も友人も先生も、親しい人は皆おかしくなってしまっているのだ。こうなるともう、いっそ自分もおかしくなれば楽になれそうな気すらしてくる。言い知れぬ孤独感に襲われた。自分は一人ぼっちだ。
誰かに助けを求めなければ。でも誰に? 今日出会った人々の中には、まともそうな人は一人もいなかった。頭を抱えてしゃがみこんでいると、ふいに後ろから男の声が聞こえた。
「君、大丈夫?」
もしかしたら、まともな人かもしれない。この際まともなら、行きずりの人でも構わない。暗闇に一筋の光を見つけた気になって、すがる思いで亜沙子はぱっと振り向いた。
そして即座に落胆した。
そこには一人の男が立っていた。
上等そうな黒いロングコートにスーツ。黒いスタンドカラーのシャツ。
まず、十月になったとはいえ、気温からしてコートを着るには早すぎる。怪しい男だった。
顔は若そうだが妙に余裕のある表情をしているから年齢がわかりにくい。子供でも年寄りでもないとしか判断できない。この男はどうも変だった。
それでも、亜沙子が個人的に彼へ「変人」というレッテルを貼る決定打になったのは、先走ったコートの着用でも、少し笑いを含んでいるすました表情でもなかった。
男は手に鳥かごをぶらさげていたのだ。
これはもう、異常性をアピールするにはうってつけのアイテムだろう。絶対にないとは言わないが、普通、平日の昼間に、デザイン性の高いオシャレな黒い鳥かごを持って町を歩く理由はない。中は空で、鞄の代わりにしているわけではなさそうだ。
この男もみんなと同じようにおかしいのだ。そんなものを持って、何をするつもりなのだろう。青い鳥をさがすチルチルミチルごっこでもしているのか。
何よ、期待させて。勝手に期待した自分の責任は棚に上げ、亜沙子は変な男に腹を立てた。
「あのね、鳥をさがしてるんだけど、見かけなかったかな。カラスみたいな九官鳥なんだけど」
心配して声をかけてきたのかと思えば、もう自分の用事を口にしている。求めていたのは青い鳥ではなかったらしいが、カラスみたいな九官鳥という表現は意味不明だ。カラスはカラス、九官鳥は九官鳥だろう。黒いから似ているとでも言いたいのか。
「知りません」
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