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 毎日通っている、見知った校舎が今日だけは違って見えた。まるで知らない世界に放り出されたような、絶望的な気持ちだった。どうして、何で、という疑問が頭に浮かぶよりも、まず、怖くてたまらない。 鞄を抱えて亜沙子は駆け出した。
 早くここから出て行かなければ。早くここから逃げなければ。
 振り返りもせず、亜沙子は走った。

 * * * *

 学校を出たところで、亜沙子は立ち止まった。これからどうしよう。まず、家に帰るべきなんだろうな。朝までのどんよりとした雨雲はどこへ消えたのか、今はうってかわって晴天だった。路面も乾き始めている。
 もしかしたらこれは夢かもしれない。何にしても家に帰ろう。それ以外、何をすべきなのか思いつかなかった。頭全体が痺れているようだ。
しかし、足が思うように動かない。仕方なくタクシーを拾って帰ることにした。今は一刻も早く帰りたかった。
 タクシーは簡単につかまり、亜沙子は乗り込んだ。目的地を告げても運転手は無反応だ。またしても、嫌な予感が胸をよぎった。
「あんた、高校生だろ」
 五十代半ばと見える運転手は、亜沙子の方を振り返った。太っていて、気さくそうな男だ。にやにやと笑っている。
「そうですけど」
「うどん食べた?」
「はい?」
 亜沙子が聞き返すと、運転手は笑い声をあげた。
「だめだよ、高校生は朝にうどんを食べないと! うどんを食べない高校生は、タクシーに乗ったらだめなんだから。さあ、降りた降りた」
 亜沙子はタクシーを降り、運転手は大笑いしながら去っていった。うどんとタクシーにどんな因果関係があるのだろう。頭痛が酷くなってきた。めまいもする。
 こうなったら電車で帰るしかない。おぼつかない足取りで、駅へと向かった。そして分からないことだらけの中、ひとつだけ分かったことがあった。おかしいのは、学校のみんなやタクシーの運転手だけではないということだ。
 駅のホームで踊りを踊っている集団がいた。会社員や高校生、小学生くらいの男の子もみんな輪になって踊っている。どう見ても異様な光景だが、周りの人々はまるで気にする様子もない。電車の中でも、壁に沿って逆立ちしながらお経のようなものを叫んでいる青年がいた。揺れが大きくなる度に青年は倒れ、周りから笑いが起こる。その声はまるで余興でも楽しむような、明るいものだった。青年もうれしそうに笑うと、また逆立ちして叫び出すのだった。



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