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 相変わらず迷惑そうに話す彼女は、くだらないことを聞くなと言いたげだった。そして亜沙子は今気がついたのだが、事務員はひたすらクリップを繋ぎ続けていた。色とりどりのクリップは繋げに繋げて、もう三メートル以上の長さにはなるだろうか。
 他の事務員も黙々と同じ作業をしていて、連なるクリップは、床にもカラフルな線を描いている。
「な、何をしてるんですか?」
「見てわかりませんか。仕事です」
 どうもこの人達もまともではなかったらしい。しかし彼らが仮にまともであったとしても助けを乞いたくならない相手だというのは確かだった。もう一度部屋の中を見回し、小走りで事務所をあとにした。
 他に誰かいる場所は。
 そわそわと制服の袖を引っぱりながら考え、思いついたのは保健室だった。健康だけが取り柄の亜沙子は、怪我もせず、入学以来まともに保健室のお世話になった記憶がなかった。担当の先生とも親しいわけではなく、名前はおろか顔もよく知らない。しかし、この際、頼りになりそうなら面識のあるなしは重要ではなかった。
「失礼します」
 緊張しながら保健室のドアを開ける。白衣を着た先生が机に突っ伏している様子が一瞬頭に浮かんだが、先生はしっかりと体を起こし、机にむかっていた。クリップも繋げてはいないようだ。
「あら、どうしたの? 顔色が悪いわ」
 女の先生は心配そうな顔をして声をかけてきた。あの事務員とは雲泥の差の対応である。どうやら話が通じそうだと、亜沙子はほっとした。
「先生、実はその……」
「とりあえず座って、熱をはかりましょうね」
 優しげに言うと、先生は棚から体温計を取り出した。それを観葉植物の鉢にためらいもなくぶすりと刺す。そしてにこやかに、こう続けた。
「このまま三分待ってね」
 ダメだ。
 鉢に刺さった体温計を見て凍りつきながら、亜沙子は確信していた。もう校内にまともな人間はいないのだ。いくらさがし回ってこの状況を訴えようとしても、その相手は見つからない。
 後ずさりをしながら、亜沙子は笑顔で首を揺らしている先生に「もう平気です」と震える声で告げ、保健室から出ていった。



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