09


 それに。亜沙子はクリーム色のドアを睨む。
 坂下という教師は山越以上にユーモアの欠片もない、冗談も通じない人物なのだ。率先してふざける姿など想像できない。
 だったら、何だというのだろう。
 他の教室ものぞいてみたが、皆一様に机に伏せていた。腕を投げ出してだらしなく、或いはきっちり上品に。足は組んだり、そろえたり。頭は横を向けてもいいようだ。
 案外、眠るポーズに厳しい決まりはないんだなぁ――などと、感心している場合ではない。
 これは異常だ。みんなおかしくなってしまっている。
 生徒も先生も、誰一人サボらず居眠りを続けていた。混乱しながらも亜沙子は、誰か起きている人はいないかと、校内をさまよっていた。一階におりたところで、「事務室」という札が目に入る。
 廊下に面している受付の窓から見てみると、事務員達は机にむかい、仕事をしている様子だった。
 助かった。この人達は、普通だ。ノックをして部屋に入る。
「あの……、すいません」
 おそるおそる声を発すると、きつそうな顔をした女性が鋭い一瞥をくれてきて、亜沙子はたじろいだ。彼女はそのまま、何事もなかったかのように仕事を続ける。他にも何人かいたものの、亜沙子には目もくれなかった。
 重苦しい空気に、息がつまりそうになった。
 どうかしましたか、とか、声をかけてくれてもいいだろうに。学校の事務員はそろいもそろって無愛想だというのは生徒の間でも評判だった。関わり合いになりたい人達ではないのだが、事態が事態なだけに、四の五の言ってはいられない。
 無言の圧力をはねのけるように、亜沙子は先程よりずっと大きな声で繰り返した。
「あの、すいません!」
 さすがに無視できない声量だったため、事務員の例の女性は至極迷惑そうな顔で「何か?」と返事をした。
「みんなが、おかしいんです」
 そう言うと、女性は眉間にしわを刻んだ。いちいち大袈裟な反応だ。変なものでも見るような目つきを向けてくるのが気に入らない。
 ちょっと怯みつつ、亜沙子はなるべく丁寧に続けた。
「あの、事務員の方は眠らないんですね。校内放送がかかったとか、聞いたんですけど……」
「居眠りは授業で行うんでしょう。私達は事務員ですから、関係ありません」



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