06


「あら亜沙子、起きたの。おはよう」
「おはようじゃないわよ! どうすんのよ、もう絶対間に合わない!」
 母の柊美和子は、怒る娘の顔をまじまじと見つめた後、ぷっと吹き出した。
「どこに行くのよ、朝っぱらから」
 亜沙子は呆気にとられた。
「何言ってんの。学校に決まってるでしょ」
「朝から学校に行く奴がどこにいるんだ!」
 背後から大笑いが聞こえてきたので驚いて振り向くと、父親が腹を抱えて笑っていた。やはり寝間着から着替えておらず、両手には一本ずつバナナを握っている。父が家を出る時間は自分より早いはずなのだが。
「お父さん、仕事は?」
 そう尋ねずにはいられなかった。
「行くわけないだろ、そんなもの!」
 父と母は顔を見合わせると、更に大声で笑い始めた。腹を抱え、膝を叩き、子供のようにげらげらと笑い続けている。この光景に亜沙子は腹を立てるどころではなく、二人が笑う姿をただ突っ立って見ているしかなかった。
 何なの、これは。
 しかしこの状況をあれこれと解釈する余裕はなかった。遅刻確定ではあっても、不貞腐れて欠席するわけにもいかず、なるべく早く学校に行かなくてはならない。
 笑うのをやめない両親を訝しみながらも亜沙子は家を出た。
 水たまりは道のそこかしこにあるものの、雨はほとんどあがっている。まだ晴れそうにもないが、傘はささずに済みそうだった。

 * * * *

 空を飛べるなら望みもあったが、徒歩と電車で来るしかなかった亜沙子は当然ながら遅刻した。一転して、どうせ間に合うわけがないという気持ちになり、家を出てからはのろのろ歩いていたせいか、学校に着いたのは九時過ぎだった。一時限目はとっくに始まっている。
 校門には「夜月市立東高等学校」と書かれていた。
 どんな顔をして教室に入ったらいいのだろう。どうしたんだと先生に問われたら、何て返せばいい? その後担任に呼び出されて遅刻の理由を聞かれたりしたら?
 上手い言い訳が思いつかなかった。歩きながら、電車の中で、とシミュレーションを重ねてみたが、恥をかくのと叱られるのを避けられそうにない。
 お腹が痛くて。貧血で。頭痛が酷くて、駅で休んでいたんです。
 ダメだ。嘘くさい。



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