試しに具合の悪そうな表情をつくってみたが、それがどれほどの効力があるのかとむなしくなってかぶりを振った。
暗い気持ちでクリーム色の校舎内に足を踏み入れる。いつものように靴箱の前に立ち、上靴に手をかけた。ちらりと見るが、上靴が取り残されているのは自分だけだった。みんな間に合ったらしい。当たり前だが。
このまま靴をはきかえず、きびすを返して家に帰ってしまいたかった。校内の静けさが、すでに自分を非難しているように感じた。
しかしそこで亜沙子は異変に気づいた。
静かすぎる。
休み時間ではないのだから騒がしい方がおかしいだろうが、どうも異様な静けさを肌で感じるのだった。
とにかく靴をはきかえ、自分の教室がある二階へと向かった。
教室のドアまで後数歩というところで立ち止まる。やはりおかしかった。中からは先生の声も聞こえず、廊下も静まりかえっている。今日の一時限目は現代国語で、クラス担任の坂下正先生の授業だ。移動教室というのも考えにくいが、何かあってみんなどこかへ行ってしまったのだろうか。
意を決し、亜沙子はそろそろと教室のドアを開けてみた。するとそこには、目を疑う光景が広がっていた。
生徒全員が、ぐったりと机に伏せていたのだ。坂下先生も、教壇で伏せている。先生はどういうわけか、中腰という無理な姿勢で足を震わせていた。
「先生、どうしたんですか!」
亜沙子は仰天して先生に駆け寄った。揺さぶってみるが、何の反応もない。他の生徒も同様だった。
これは大変なことだ。何が何だかさっぱりわからないが、尋常ならざる事態が起きているのだ。考えることを放棄して、ただおろおろと教室の中を歩いていた亜沙子だったが、ようやく助けを呼ぶことに思い至った。
慌てて教室を出ていこうとしたところ、呼び止める声が聞こえてきた。
「誰も起きないと思うよ、柊さん」
学級委員の山越という男子生徒だった。窓側の真ん中あたりの席で、彼一人だけが顔を上げ、眠そうに目をしばたたいている。
「山越君。起きないってどういう意味? みんなどうしたの?」
「眠ってるんだよ。見ればわかるでしょ、普通」
わからない。
「何でみんな一斉に眠るのよ。しかも先生まで」
「だって『居眠り』の授業なんだもの」
山越は真顔で答えた。
[*前] | [次#]
- 7/94 -
しおりを挟む
[戻る]
