その日の朝は、雨が降っていた。
こんな天気の悪い日は、寝ざめも悪く、なかなか起き上がる気になれない。
柊亜沙子は寝返りをうち、小さく唸った。
早く起きなければ、学校に遅刻してしまう。大学受験を来年に控え、夏休みを過ぎてからというもの、先生も両親も、「今が大事な時期」だと繰り返していた。そんなことを、わざわざ言われずともよくわかっている。
ただでさえ亜沙子は志望校の合格が厳しいレベルの学力で足掻いているのだ。人一倍気を引き締め、人一倍努力しなければならない。
先日も休み明けテストの成績が悪かった件で、担任教師に呼び出しをくらった。柊、お前、最近たるんでるぞ、と叱られた。
寝坊して遅刻などすれば、また小言を言われるだろう。早く起きなければ。
起きようとは思っている。だが、毎日スムーズに起床できるなら苦労はなかった。朝はまた特別寝具が愛おしくて、離れたくない。いつもはなんなく開いているまぶたも、朝は異様なほど重い。
こうしている今も、亜沙子のまぶたは閉じたままだった。カーテンはしまっているし、目も閉じているのだが、どうも今日は天気が悪いらしいとわかった。
空にはどんよりと雲がたれこめているのだろう。私の心と同じだ。受験生という身分はなんてつらいのだろう。
あと三分、いや、せめてあと一分だけ。一分したら体を起こそう。いつものように未練がましいカウントダウンを心の中で始めたところで、あることに気がついた。
やけに静かだった。
普段ならそろそろ階下から、母親の声が聞こえてきてもいい頃だ。あの、不必要なほど刺々しい調子の「起きなさいコール」。それが今朝はまだなのだ。
無性に嫌な予感がして、眠気の波は引いていった。おそるおそる手をのばして、目覚まし時計を確認してみると、予感は的中していた。
八時十分。
間に合う時間ではなかった。学校は八時三十五分までに着かなければ遅刻扱いで、家を出てから着くまでには三十分以上かかるのだ。
見慣れた時計が、かつてないほど無情な存在に見えた。呆然としている間も、秒針は淡々と時を刻んでいる。次の瞬間、亜沙子は弾けるように布団を抜け出した。
最低限の身だしなみを最速で済ませる。制服にそでを通し、昨夜きちんと翌日の支度をしたか記憶は曖昧ながらも、その重みから空ではないと確信して鞄を持ち上げる。
鏡の前で最終チェックを終えるとそのまま、怒りにまかせてリビングへと突入した。焦りというのはとかく、怒りに変じやすい。お門違いとはわかっていても、母親に八つ当たりしなければ気が済まなかったのだ。
当の母親はパジャマを着たまま、ソファーに寝転んで、ワイドショーを見ていた。平日の朝とは思えぬほど寛いだ姿である。しかも、バラエティー番組を見ているかのごとく大笑いをしていた。
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