03


 無理もない、と男は思った。きっと教授も強引にこの仕事へ参加させられたのだ。こんな山奥まで連れて来られて、不機嫌になっているのだろう。俺だってそうだ。みんな一緒だ。俺たちは被害者だ。
 男は勝手に、妙な仲間意識を感じていた。
「ありました。これです」
 男が石を差し出す。しかし教授は受け取ろうとはせず、わずかに息をのんだだけだった。そして小さく呟いた。
「こんなところに……」
 気温と疲労のせいもあるかもしれないが、教授の顔色は良くなかった。怯えたような、ショックを受けたような顔で、何の意味なのかかぶりを振っていた。
「本当に、あの石でしょうか教授」
「まだ……見ただけではわからないが……」
 水滴のついた眼鏡の奥の目は、石に釘付けだった。男には、教授が何故そこまで驚いた表情を浮かべるのか理解しがたかった。
「僕、所長に石が見つかったと報告しますね」
 後輩は急に場違いなほど明るい声を出し、携帯電話を手にした。しかし画面を見つめて首を傾げる。
「圏外だ。さっき見た時は通じそうだったのに」
「石のせいだ。電話なら、ここから離れたところでかけた方が繋がるよ」
 教授がそう助言する。
 単に山奥だから、電波状況が悪いせいじゃないのかと男は思ったが、口には出さなかった。
 ――一体、この石は何なんだ。
 持っていると次第に重く感じる。嫌な気持ちも増してくる。このままずっと手にし続けていると、どうにかなってしまいそうだ。そんなわけのわからない気になった。男は石を投げ捨てたくなる衝動を、必死で抑えなければならなかった。
 電話をかけるため去っていく後輩を見つめながら、男はこの仕事を引き受けたことを更に後悔し始めていた。立場上断りにくかったとはいえ、「こんなもの」と関わるくらいなら、きっぱりと言うべきだったのだ。断って、上司の機嫌を損ねるくらいの方がまだましだった。今ならそう思う。
 教授もえらく深刻そうな表情で、口を閉ざしたままだ。気詰まりだった。やまない雨。冷え切った体。気味の悪い石。
 とにかく、早く家に帰りたい。こんなところに長居は無用だ。家についたら、シャワーを浴びて温まろう。
 その時、どこかから鈍い物音と、「ぎゃっ」という声が聞こえてきて、男と教授は顔を見合わせた。教授も今の音を耳にしたらしかった。
 飛び立つ鳥の鳴く声ではなかったように思われる。



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