03


「そうですね……」
 言いかけて、タムは「おや」と思った。彼に名乗った覚えはない。
「私の名をご存知なのですか」
「こう見えても私は世界の素となる四素人の父です。あらかたのことはわかります」
 光の人ルトは、世界が誕生してかなりの時間が経ったこと、しかしまだ多くのものが生まれるに至っていないことをタムに教えた。
 タムとルトが話をしていると、遠くから地響きが聞こえてきた。カップの中の紅茶に波紋が生ずる。
「何か聞こえますね」
「四人の誰かが喧嘩でもしているのかもしれませんね。しょっちゅうですよ」
 ルトの表情が曇る。
「何故こうも不仲なのか、嘆かわしいことです。ああ、そうだ、この森から出る道のことでしたね。お教えしましょう。すっかり話が長引いてしまいました」
「いいんです。それより、四人のことを私に任せてくれませんか」
 タムの申し出に、ルトは少し驚いたような顔をした。タムはこの家族のことを気の毒に思っていた。このまま森を去るのも気分が悪い。
「あなたが気にすることはありませんよ」
「いいですから、私に任せて下さい。私が四人の仲をとりもってみせます。大丈夫です」
 胸を叩きながら、頭の片隅ではここまで言い切っていいものかと思った。だが後戻りは出来ない。ルトの嬉しそうな顔を見てしまったら、尚のことだった。
「そうですか、それならお願いします」
 外に出たタムは、どのようにしたら四人が仲良くなるかを考えた。相当こじれているようだから、普通のことでは駄目だろう。悩んだ末、名案を思い付いた。
「これはいいぞ。上手くいくだろう。まずは四人を集めなければな」
 案外早く解決しそうだ。早速タムは四人を呼びに行った。話がある、とそれぞれに声をかけ、あの椅子と卓のある場所へと呼びだした。全員が顔をあわせることになるとは思っていなかったらしく、特に水の人イジャが不機嫌だった。それでも説得して、席に着いてもらう。
 こうして見ると、あからさまに嫌悪感を示しているのはイジャだけだ。唯一の女性であるサヌーイは、三人に対する感情を顔や仕草や出していない。例の声が大きなファオエンはにやついていて、この状況を楽しんでいるようにも見える。力自慢のクスバは勝負のことしか頭にないらしく、兄弟を好きだとか嫌いだとかで区別はしていないようだ。クスバに関しては、彼が周りを嫌っているというより、周りが彼を敬遠しているのだろう。
「こんなところに僕達を集めて、どうしようって言うんだ」
 口を開いたのは水の人イジャだ。
「お前達はよくもめ事を起こすようだな」タムは四人の顔を見ながら言った。
「私は違うわ」
 空気の人サヌーイが不満そうに言ったが、タムは聞き流した。
「ここらで決着をつけたらどうだ。今から私が言う方法で勝負をしてもらう。勝者に対しては今後、文句を言わないこと。いいな」
 勝負、と聞いて目を輝かせたのは地の人クスバだ。残りの三人は目配せを交わしている。ファオエンは納得がいなかいようだ。
「タム。何の権限があって、そんなことを言い出すんだ」
 イジャとサヌーイも続いて文句を言おうとするので、タムは大声を出してそれを遮った。
「まあいいじゃないか! これで丸くおさまるなら、お前達の父も喜ぶぞ」
「おさまるとは思えないがな」
 青いイジャが呟く。タムはイジャを睨んだ。
「これ以上言うなら、お前は負けになるからな」
 皆口をつぐんだところで、タムは咳払いをして勝負の方法を発表した。
「相手の良いところをたくさん言えた者が勝ち。それだけだ」
 四人は戸惑いを隠せないようだった。誰も何も言おうとしない。しびれを切らしたタムは、「誰も何も言わないなら、皆負けだぞ」と言った。
「そうだわ、イジャってとても頭が良いわね。計算が得意じゃない? 私、感心していたのよ」
 サヌーイに褒められたイジャは、満更でもなさそうな顔をしている。
「サヌーイだって、優しいところがある」
「そうだ、俺もそう思っていた」
 ファオエンが身を乗り出し、サヌーイが微笑んだ。
 上手くいった。タムも微笑む。
 そもそも、勝負などどうでも良いのだ。目的は、相手の良さを見つけさせることだった。いがみ合っていると、とにかく相手の短所ばかりが目につく。長所を見つければ、きっと和解出来るとタムは信じていた。三人は和やかに会話している。
「ファオエンは元気があっていいわね」
「たいしたことないさ」
 サヌーイに褒められたファオエンが謙遜する。
「元気があるのはとてもいいことじゃない。イジャもそう思うよね」
「そうだな」
 ぎこちなくではあるが、イジャも笑みを見せた。実にうまくいっている。あれ程不仲な兄弟なので相手の良いところなど考えられないかと心配したが、そうではないようだ。
 満足げに三人の様子を見ていたタムだったが、一人だけ言葉を発していないことに気づいた。クスバだ。勝負と聞いた時は張り切っていたが、それ以降は黙ったままだ。思いつかないというより、上手く言葉に出来ないのだろう。見るからに彼は喋るのが不得意そうだ。気を遣ってタムはクスバに声をかけた。
「クスバ。クスバはないのか。兄弟の良いところを言ってみろ」
 返ってきたのは低い唸り声だけだった。
「それでは、皆はどうだ。クスバの良いところはどこだ」
「クスバの良いところだって?」ファオエンが鼻で笑う。「どこだろうな」
「クスバは乱暴者だからな。良いところなんてあっただろうか」
 イジャが小声で言う。サヌーイは黙っていた。
「あるよ、あるだろうさ。誰にだってあるんだ」
 タムは焦り、クスバに近寄って彼の肩を叩いた。
「この強靭な肉体、素晴らしいじゃないか。クスバは力持ちだ」
「褒められたことじゃないぜ。その馬鹿力が役に立ったことはない。こう考えてみると、クスバは取り柄がないんだな」
 からかうような口調でファオエンが言った。これはまずい、とタムが思った時にはすでに手遅れだった。
「もういい!」
 クスバの怒声が響いた。拳で石の卓を叩く。
「こんな勝負は無効だ。馬鹿馬鹿しい、これが勝負だと? 俺が負けるなんて、あってはならないことだ」
 どうやらクスバは、自分が何も思いつかなかったことに腹を立てているようだ。クスバにとって、敗北は何より恥ずべきことらしい。自分の良いところを誰にも言われなかったことは、さほど気にしていないようだ。
「お前はいつもそうだな、クスバ。頭が悪いから、すぐ吠える。都合が悪くなると大声を出して誤魔化すんだ」
 軽蔑しきったように青いイジャは言った。その視線に怯むことなくクスバが言い返す。
「そういうお前は口先だけだ」
「僕を馬鹿にするのかクスバ」
 イジャが立ち上がると、クスバも立った。「近づくなよイジャ。お前は怯懦な男だ。そんな奴に近づかれたら臆病が移るかもしれない」
「僕のどこが臆病だ!」
 イジャは怒りをあらわにした。次に声をあげたのは赤いファオエンだ。
「ああうるさい。うるさいなあイジャ。やかましいぞ。お前、やかましい奴が嫌いだと言ったな。お前も十分やかましいぞ」
「お前は黙ってろよ!」
 イジャが声を荒げると、ファオエンは手で耳を塞いで赤い舌を出した。それが気に障ったようで、イジャがつかみかかる。



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