04


「三人とも、その辺にしておいたらどうなの」緑のサヌーイがたしなめた。だが、三人は聞く耳を持たない。
「いいか、この勝負は無効だ。わかったな」
 クスバは勝負のことになるとよくこだわる。
「勝負勝負、勝負勝負。クスバはそればかりだ。その空っぽな頭で、たまには他のことを考えてみたらどうなんだ」とイジャが言う。
「俺は勝つことが全てだ!」
 クスバは木の幹に腕を回し、あっという間に引き抜いた。そのまま頭上に掲げてイジャの方へ放り投げる。イジャとファオエン、そしてタムは、頭を下げてどうにか避けた。
「さあ、勝負だ腰抜け共め!」
 クスバは二本目の木を抜こうと踏ん張っている。タムは、誰かの息を吸う音を聞いた。ファオエンだ。身構えたが無駄だった。ファオエンの笑い声が、細枝のようなイジャの体を吹き飛ばす。続いてタムも飛ばされた。踏みとどまっているのはクスバだ。ファオエンは赤い顔をますます赤くして、クスバを吹き飛ばそうと頑張っている。サヌーイだけが涼しい顔で席に着いていた。
「みんな、やめなさい」
「卑怯な奴だ、ファオエン。お前は俺が怖いのか? そうでないなら、声などではなく、拳で俺と勝負しろ」クスバが挑発する。
「怖いだって? お前みたいに図体が大きいだけの奴、怖いもんか」
 ファオエンはクスバに飛びかかった。イジャは倒れたままで、サヌーイは呆れたように二人を見ている。
「いい加減にしないと、私、怒るわよ」
 クスバは腕にしがみついたファオエンを引き離そうと必死だ。ファオエンに噛みつかれ、絶叫する。その声はファオエンまでとはいかないものの、耳をつんざくほどの大きさだった。ファオエンは素早くクスバの肩によじ登り、耳に向かって大声を出す。それでクスバは目を回しかけたように見えたが、ファオエンの首根っこをつかんで地面に叩きつけた。
「やめなさい!」
 鬼のような形相でサヌーイが席を立つ。それでも二人は喧嘩をやめなかった。サヌーイはついさっきクスバが投げた木を軽々と持ち上げ、クスバの側頭部に一撃をくらわせた。これに参ったクスバは尻もちをつく。次にサヌーイはファオエンの胸倉をつかみ、頭突きをした。ファオエンも倒れたがまた立ち上がり、懲りずにクスバと取っ組み合いを始めようとする。サヌーイは二人の肩をつかんで放り投げた。
 そこに、平素のたおやかな彼女の姿はなかった。タムは唖然とするしかなかった。
「これだから嫌なのよ。いつだって喧嘩を始めようとするんだから。野蛮だわ」
 緑のサヌーイは鼻を鳴らした。倒れている三人に目をやり、タムを見る。タムは息をのんだ。
「タム、あなたがどうしたいのかはわかるわ。父さんの為にも、仲良くしたい。でも私達は仲良くしようと思って出来るほど簡単な関係じゃないのよ。残念だけどね」
 そう言い残すと、サヌーイは去って行った。イジャとクスバも無言で散って行く。タムは止めることが出来なかった。最後に立ち上がったファオエンは、悄然としているタムに声をかけた。
「気にするなよ。俺達はいつでも険悪なんだ」
 四人がいなくなっても、タムはしばらくその場から動けずにいた。だがやがて立ち上がり、森の中へと足を進めた。程よい大きさの岩を見つけ、その上に座す。
 自分は浅はかだった。あんな方法で、四人の仲を取り持つことなど不可能なのだ。結局あの四人も、その父も、どうにもしてやれない。
「ルトに何と言えばいいだろう。任せてほしいと言ったのに、状況を変えることは出来なかった」
「自分を責めることはありませんよ」
 またしても、タムの独白に何者かが答えた。あの銀髯 ぎんぜんの老人でないことは、声でわかる。四素人でもないようだ。振り向いても、そこに見えるは鬱蒼とした森ばかり。しかし木立の向こうに、巨大な何かがいるのがわかった。黒い影がある。クスバよりも大きい。その何かが喋っているようだ。
 タムは、泉の脇の台に集められていた果物のことを思い出した。あれを食べるのはクスバではない。クスバは土を食べると言った。土の人が土を食むのなら、水の人は水を、火の人は火を、空気の人は空気を食むのかもしれない。ならばあの果物を食べるのは、この巨大な生き物だろうか。
「自分を責めることはありません」
 声は繰り返した。
「一朝一夕に解決する問題ではないのですよ。あなたのせいではない」
「それはそうだが、私はどうにかしてやりたいんだ。四人の為もあるが、光の人ルトの為にもどうにかしたい。彼を安心させてやりたいんだ」
「あなたの名前をうかがっても宜しいですか」
「私はタムだ」
「そうですか、タム。私は光の人ルトに飼われています。主人を気遣っていただきありがとうございます」
 タムは再び振り向いた。その大きな生物の顔は見えなかった。
「タム、この世の中に、気の合わない兄弟はたくさんいるでしょう。しかし、本当にいがみ合っている兄弟はいないと信じたいです」
 タムは首肯した。
「あなたが四素人の中をどうにかすることは無理でしょう。しかしもとより、どうにかする必要はなかったのではないですか。ルトを安心させる方法は、他にもあります」
 声がそう言うのと同時に、タムはあることをひらめいた。名案とは言えないが、今はこれくらいのことしか思いつかない。岩から飛び降りた。
「お前の言う通りだ、ありがとう!」
 礼を言い、タムは駆けだした。
 まずはクスバを見つけることだ。地の人クスバは泉の側で体操をしていた。タムには好都合だった。
「クスバ、調子はどうだ」
「タムじゃないか。俺と勝負をする気になったか」
 前に言ったことをしつこく覚えていたようだ。そんな気になるはずもなく、タムは誤魔化して話を進めた。
「お前の怪力は素晴らしいと思うよ。しかしな、あれは出来るのかな」
「あれとは何だ」
「いや、出来ないだろうな。忘れてくれ」
「何だよ」
「いいんだ、気にするな」
「教えろ!」
 クスバが吠える。もっと焦らしても良いのだが、そうすると放り投げられる危険があった。
「お前は水の中に入って、長く息を止めていられるか?」
「息を止めるだと?」
「そうだ。無理だよな? 無理に決まってる」
「何故決めつけるんだ。やってみないとわからないじゃないか」むっとしてクスバは言った。
「そうか、それならやって見せてくれ」
「容易いことだ。見ていろよ」
 飛沫をあげて、クスバは泉へ飛びこんだ。頭まで沈んでいるところを見ると、深い泉のようだ。彼がすっかり泉に入ったのを確認すると、タムは喚きながら走った。
「クスバが大変だ! クスバが大変だ! クスバが大変なんだ、どうしよう!」
 声を聞きつけた火の人ファオエンが姿を現した。
「クスバが何をやらかしたんだ。ついに森の半分の木を引っこ抜いたのか」
「クスバが溺れているんだよ!」
 タムは必死に演技をした。ファオエンは半信半疑といった様子だ。
「本当か? あいつが水に入っているところなんて見たことがないな。どこで溺れてるって?」
「泉だよ」
「確かにあの泉は深かったな」
 ファオエンは泉へと向かった。青いイジャと緑のサヌーイも現れる。



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