02


「俺がやかましいと、そう言いたいのか。確かにお前にはやかましいだろうな、イジャ。お前は声が小さすぎるんだよ。陰気な奴は大きな声も出ないんだな。わかったぞ、お前は俺を妬んでいるんだ」
「何だとファオエン。言ったな」
 険悪な雰囲気で、今にも喧嘩が始まりそうだ。これは仲裁するべきだろうか。イジャとファオエンは睨みあっている。イジャは険しい顔をしているが、ファオエンは相手をねめつけながらも口元が笑っていた。
「二人とも、よくわからないが喧嘩はよくない」
 とりあえず、そう言ってみた。イジャの視線がタムに向けられる。
「よくわからないのに首を突っ込むな。余計な御世話だ」
「そうとも」ファオエンは腰を上げ、イジャに接近した。「それに、こんなのは喧嘩じゃない。喧嘩というのは、こういうものだ」
 にやつきながらファオエンは両手でイジャを突き飛ばした。イジャが椅子から転げ落ちるのを見て、大笑いする。すぐにイジャは立ち上がり、ファオエンの胸倉をつかんだ。慌ててタムは止めに入った。
「待て、よくわからないが暴力はいけない」
「だから、よくわからないのに首を突っ込むな!」
 イジャは苛立たしげに言った。
「そうとも。タム、怪我するぜ」
 ファオエンが息を吸いこんだ。それを見たイジャが目をむく。ファオエンはとんでもなく大きな声で笑い始めた。クスバの雄叫びの比ではない。その突風よりも強い力を持つ笑い声に、たちまちイジャとタムは後ろへ吹き飛ばされた。声はすぐ止んだ。
「タム、兄弟喧嘩に口を挟むのはお節介だ」とファオエン。
「兄弟? お前達は兄弟なのか」
「そうだ。俺もイジャも、クスバも兄弟だ」
 隣に倒れているイジャにタムは手を差し伸べたが、イジャは一瞥しただけで手もとらずに起き上がった。そして「やかましい奴は大嫌いだ」と吐き捨てるように言い、立ち去った。
 口笛を吹きながらファオエンが椅子に腰かける。
「タム、お前兄弟はいるか」
「いや、いない。いたら良いと思ったことはある」
「世の中兄弟ってのは全て仲が良いわけじゃないんだ。そう、俺達みたいにいがみ合っているのもいる。見ての通り、俺達は仲が悪いのさ」
「四素人というからには、もう一人兄弟がいるのか」
「サヌーイだな。サヌーイは女だ。あいつも、面と向かっては言ってこないが俺達のことを嫌っているんだろうさ。話が聞きたければサヌーイに聞くのがいい。俺は説明だとか、面倒なことが嫌いなんだ」
 そのサヌーイの居場所も言わず、ファオエンは去って行ってしまった。四素人に会うと、ろくなことがない。サヌーイとか言う四素人に会うべきだろうか。タムは冷たい石の卓に手で触れた。この四つの椅子は、四素人の為のものなのか。あの様子では、四人が揃うことなど滅多にないだろう。
「ファオエンの笑い声が聞こえたと思ったけど、またイジャと揉めたのかしら」
 鈴を転がしたような声だった。どうやら彼女がサヌーイらしい。どこからともなく現れた緑の肌をした女は、タムを見て首を傾げた。
「あなたは?」
「私はタム。あなたは四素人のサヌーイか」
「そうよ。私は四素人空気の人サヌーイ」
 サヌーイはタムからイジャとファオエンの話を聞くと、顔をしかめた。
「どうにもならないわね、あの二人は。クスバもだけど」
 その表情から察するに、「俺達のことを嫌っているんだろうさ」というファオエンの予想は当たっているのだろう。四人の中ではサヌーイが一番落ち着いていて、話が通じそうだった。
「石の柱に、四素人についての言葉が刻まれていたが」
 タムが言った。
「あの言葉の通りよ。私達はこの世の終わりまで私達なの。世界の素となる四人」
「あなた方は仲が良くないそうだな」
「そうよ。気が合わないんだもの。地の人クスバは乱暴者。日々体を鍛えることしか考えてないわ。すぐに力比べを挑んでくる」
 クスバの被害を受けたのは、自分だけではないようだ。
「水の人イジャは頭の回転は速いけど、性格が暗いのよ。クスバとファオエンにつっかかるわ。ファオエンもファオエンで、騒がしいし。ファオエンとクスバの喧嘩は最悪よ。木々がなぎ倒されるんだから」
 是非立ち会いたくない喧嘩だった。なるほど、性格がまるで違う四人なので、仲が悪いのも仕方ないことかもしれない。しかし兄弟であるのに仲が悪いというのも、悲しいことではないだろうか。
「サヌーイ。三人と仲良くする気はないのか」
「ないわね」
 あまりにもはっきりと言うので、タムは面食らった。
「いつも一番苦労するのは私なのよ。もう疲れたわ。三人に合わせるなんてうんざり」
 サヌーイの気持ちもわからなくはない。あれ程個性的な三人をまとめるのは簡単ではないだろう。
「だがな、兄弟は仲良くすべきだ」
「そうね。仲の良い兄弟が誰だって理想でしょうけど、現実は上手くいかないものよ。私達は、仲の悪い兄弟なの」
 この話はこれでおしまい、とサヌーイは立ち上がった。彼らの話をするのも嫌なようだ。タムは森の中へ消えていくサヌーイを見送った。仲良くするということは、難しいことなのだろうか。どうにかしてやりたいが、これは当人同士の問題だろう。タムもこの場を去ることにした。
 森の中は道らしい道もなく、進むのは容易くない。そう長く歩いたわけでもないのに、くたびれてしまった。この森はどのくらい広いのか。サヌーイに、道を聞いておくべきだった。
「どうしたらこの森を出られるんだ」
 それは独白だった。しかし、それに答える声があったのだ。
「お教えしますよ」
 しわがれた、老人のような声だった。まさか今よりかかっている木が答えたのではあるまいな、とタムは振り向く。
「こちらです、こちらですよ」
 声は木の向こうから聞こえる。木の裏に回ってみると、白い衣を着た老人が一人立っていた。長い髭や髪、肌も白かった。よく見ると、瞳まで白い。柔和な顔をした人だとタムは思った。
「どなたですか」
「私は四素人の父、光の人ルトと申します」
「これは驚いた。あなたはあの四人の父親なんですか」
「お疲れでしょう、うちで休まれてはどうですか」
 ルトは目を細めて微笑むと、自分についてくるように言った。また木のすけたところに出たが、そこには石の椅子や卓はなく、白い箱のような建物があった。扉を開け、中に入るようルトが促す。窓が一つもないというのに、不思議と室内は明るかった。調度品はどれも、ルトと同じように白い。タムに紅茶を出すと、ルトは嘆息をもらした。
「子供達に会ったようですね。失礼なことをしでかしませんでしたか」
「いいえ、特に」
 ファオエンの笑い声に吹き飛ばされたことは、黙っておくことにした。紅茶を口に含んだタムは、その渋さに鼻にしわを寄せた。
「ご覧の通り、四人は仲が悪いのです。ずっと、ああなのです」
「そのようですね」
「私がいくら仲良くするように言ったところで無駄なんですよ」
 老人は笑みを絶やさなかったが、その顔には寂しさが表れていた。子供達の不仲を喜ぶ親はいないだろう。
「タム、あなたはこれからどちらに行かれる予定ですか」
 ルトが言った。



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