四人の不和:01


 土の匂いがする。
 目が覚めるとタムは、木の根を枕にして身を横たえていた。いつからこうしていて、どのくらい眠っていたのかわからない。若葉に茂る葉が、そよ吹く風に揺れていた。森の中のようだった。
 唯一の荷物である鞄は、腹の上に乗っている。タムは腰を上げた。
「私は長いこと眠っている癖があるようだ。困ったものだ。ところで、喉が渇いたな」
 森があるのだから、川か湖もあるかもしれない。水を求めて歩き出した。そしてすぐ、この森の妙なことに気づいた。聞こえてくるのが、風の音だけなのだ。鳥や、他の動物の鳴き声が聞こえない。虫の一匹もいなかった。
「全くおかしい。虫のいない森なんてあり得るだろうか」
 苛立ってタムは言った。虫のいないことではなく、水のないことに腹を立てていた。この森には水がないのだろうか。いや、そんなはずはない。森が育つには水が必要だ。
「だが虫もいないこの森のことだ。水がなくても不思議じゃない」
 水が飲めないかもしれないと思うと、余計に喉の渇きを覚えた。喉を押さえて歩いていたタムの目に、ある物がとまった。
 石の柱だった。森の中、不自然に柱が一本だけそこにある。タムよりやや高いくらいの石柱だ。そして、文字が刻まれていた。どんな言語をも解するタムにとって、その文字を読むことは容易だった。柱には、こう書かれていた。

 我ら四素人は この世がある限り 新しく生まれることはなく また消滅することもない

「四素人とは誰だろう。わからない」
 柱の言葉も気になるのだが、それよりも喉の渇きが深刻だった。ついでに腹も減ってくる。果物でもあれば都合がいい、と顔を上げ、枝を見て歩いた。しかし、水も木の実も見つからない。
 途方に暮れていると、思わず身をすくめるような大きな音が聞こえてきた。何かが倒れる音だ。身の危険を感じて来た道を戻ろうとしたタムだったが、歌声を聞いて足を止めた。以前聞いた塊族とはまるで違う野太い声で、野性的な歌だった。お世辞にも上手いとは言えない。
 大きな音にまじる歌をききながら、タムは悩んだ。歌を歌っているのだから、少なくとも猛獣というわけではないだろう。人がいるなら水の在りかを尋ねたいところだが、この音がどうにも気になるのだ。
 結局喉の渇きには耐えられず、音と歌の聞こえる方へ行ってみることにした。
 そこにいたのは、褐色の肌をした大男だった。下手な歌を歌いながら、木を引っこ抜こうと力んでいる。

“ああ 俺の腕を見よ 何とたくましいことか どんな奴でもひとひねり そうだ 俺は力持ち”

 筋骨隆々なその男は丸太のような腕を振り回し、タムが見ている間に二本の木を引っこ抜いた。抜いた木は乱暴に投げられ、男の後ろに積まれていく。
「あの、ちょっとすまないが」
 タムは離れたところから男に声をかけた。あまり近付くと、木と間違って放り投げられるかもしれない。男は歌うのに夢中で気づいていないようだった。
「すまないが、そこの人」
 もっと声を大きくして呼びかけたが、男は聞こえていない。
「そこの人!」
 声を張り上げたが駄目だった。男は自分の足のたくましさについて歌っている。
「おい、そこの男!」
 つい乱暴に怒鳴ってしまった。男が歌うのを止め、タムの方を見る。タムが言葉をさがしている間に、男は眉をひそめてこちらへやって来た。間近で見ると、なかなか凄みのある顔つきだ。つい謝りそうになるタムだったが、謝るようなことはしていなかった。
「誰だお前は」男が言う。
 タムは深呼吸をして、こう言った。
「私はタムだ。お前は、四素人か」
「そうとも。俺は四素人の一人、地の人クスバだ。お前はタムか。ここで何をしているんだ?」
「水と食べ物を探している」
「そういうことなら、早く言え。俺についてこい」
 胸を反らすと、クスバという大男は歩き出した。足音が響く。タムは放り投げられなかったことにほっとして、クスバについて行った。大きな泉にたどり着いた。泉の脇には石の台があり、果物が山のように積まれている。泉に駆け寄り、タムは手で冷たい水をすくって飲んだ。
「どうだ、タム。水はうまいか」
「うまいよ。助かった、ありがとう」
 クスバは石の台からりんごを一つ取り、タムに投げてよこした。
「りんごも食うといい」
「この森には、木の実や果物がないのかと思ったよ」
「ないことはないが、俺が取りに行ってここに集めてしまうからな」
「お前が食べるのか」
「いや、俺じゃない。地の人クスバは土しか食べないんだ」
 飢えも乾きも満たされたタムは、腰を下ろして泉を見ていた。すると突然クスバが雄たけびをあげた。大地が震えるような声だった。
「俺はじっと黙っているのが嫌いなんだ。タム、俺と力比べをしないか」
 タムはクスバのたくましい体を見た。勝負は目に見えている。
「冗談だろう」
「冗談なものか。さあ、俺と戦うんだタム。どちらが何本多く木を抜くことが出来るか勝負しよう」
「私がそんなことを出来ると思うか」
 クスバの腕が丸太なら、タムの腕は小枝だ。クスバは次々に勝負を持ちかけてくる。
「岩を持ち上げ、どちらが長く耐えられるか勝負だ」
「私の話を聞いているのか。私はお前とは違って、岩なんか持ち上げられないよ」
「大丈夫だ。岩の下敷きになっても何ともない」
「お前はな」
 何が何でも力比べをしたいらしいクスバは、タムの話をまるで聞こうとしなかった。このままでは無理にでも岩を持たせられるかもしれない。そうなる前に立ち去ることにした。
「私はこの辺で失礼するよ」
「待て、俺と勝負をしろ」
「悪いけど、今はそういう気分になれないんだ。お前と勝負する気になったら、また来るよ」
 適当なことを言って、タムは泉を離れた。
「彼には参ったな。余程自分の力を見せつけたいらしい」
 しばらく歩いていると、木のすけたところに出た。石の椅子が四つと、卓が一つある。椅子には二人の男が座っていた。一人は細身で、青色の肌をしている。何が面白くないのか仏頂面だ。もう一人は赤色の肌をしていて、落ち着きなく体を揺らしながら笑っている。
「誰だお前は」青色の男が尋ねた。
「私はタム。お前達は誰なんだ」
「僕は四素人の一人水の人イジャだ」青いのが言う。
「俺はファオエン。四素人火の人だ」こちらは赤色の男で、声がやたらと大きい。
「クスバも四素人と言っていたが、その四素人とは、何だ」
「お前、クスバに会ったのか!」
 赤い火の人ファオエンが大声を出した。
「よりによって、最初にクスバと会ったのか? ええ? 災難だったな。言っておくが、四素人は皆あいつのようにうるさいわけじゃないぜ」
「そうさ、僕はクスバのようにうるさくはない。だがお前はクスバと同じだ」
 青い水の人イジャがファオエンにつっかかった。ファオエンは肩をすくめる。



[*前] | [次#]
しおりを挟む
- 4/59 -

戻る

[TOP]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -