03


 いくら互いの体を食い合うからと言って、それを野蛮だと決めつけるわけにはいかない。習慣の問題なのだ。タムと塊族の習慣は違う。それだけだった。そうだとわかっていても、気分は悪かった。
「タム殿、私の体を食べてごらんなさい」
 タムの隣の塊族が、とんでもないことを言い出した。「結構です」と言いながら、必死で首を横に振る。
「いいから、お食べなさい」
 今度は首と一緒に手も振り、拒絶した。
「これほどまでに馥郁 ふくいくたる香気に富んだものはありません」
 塊族は自賛の言葉と共に、体の一部をもいでタムに差し出した。彼はタムが気を遣って遠慮していると思っているらしい。他の塊族までもが食べることを勧めてきた。
「タム殿は共食いになりませんから」
 そういう問題ではなかった。端的に言えば気味が悪いのだ。差し出された体の一部に、食欲をそそる要素は欠片もない。だがしかし、断ることは許されない雰囲気だった。これはもう、食べるしかない。
 意を決し、精一杯の笑顔を浮かべてそれを口へ運んだ。意外なことに、素晴らしく良い香りがした。そして香りもさることながら、味もまた格別だった。口に入れると、得も言われぬ甘味が広がる。これが塊族の体の一部だということも忘れ、舌鼓を打った。飲み下してから、今喉を通ったものが何であったか思い出し、やや気分が悪くなった。
「如何でしょう」
「美味しかったです。今まで食べたどんなものより、美味しかった」
 心からの賛辞だった。塊族の体の一部でなければ、躊躇せずに二口目を食べただろう。塊族の彼らは満足そうだった。
「誠に、世界が生まれたのは喜ばしいことです。光と闇が混和し、この世界はつくられました」
「おや、何だか私はその瞬間に立ち会ったような気がするな」
 タムは呟いた。
「タム殿、それは本当ですか」
「おそらくですが」
「それなら、造物主と会ったんでしょうな」
「造物主?」
 造物主というのは、この世界をつくった者のことを言うらしい。あの何もない場所で会った、人の形をしたそれが、造物主だったのだろうか。その話を聞いた塊族達は色めき立った。人の形をしていた、という部分に興味を持ったらしい。
「それでは造物主はタム殿のような姿をしていたと、そういうことですね」
「まあそうですが、あれが造物主と決まったわけではないですよ」
 自分の他に、人の形をしたそれを見た者はいない。異様な盛り上がりを見せる塊族に、タムは焦った。何を喜んでいるのかは知らないが、自分が勘違いをしていて、そのせいで彼らにぬか喜びをさせてしまっては大変だ。
「決まりですね。タム殿を我々の型にしましょう」
 そう言って四つの塊がどこかに行ってしまった。
「造物主と決まったわけではないのに」
 タムの独白に、色の濃い塊族が答えた。「造物主ですよ。きっとね」
 間もなく、四つの塊は大きな壁のように四角い物を二つ持って戻ってきた。色は白く、粘土のようだ。塊族は間をあけて、二つの物を地面に立てた。
「タム殿、その間にお立ち下さい」
 タムは素直に、二つの壁のような物の間に立った。突然、塊族に突き飛ばされた。声をあげる前に、白いものにめり込んだ。思ったより白いものは柔らかい。塊族によって救出され、そうかと思えば今度は前から突き飛ばされ、背中からもう一方の白いものにめり込む。
「いきなり酷いじゃないですか!」
 タムは声を荒げた。まあまあ、と塊族が宥める。
「見てて下さい」
 ひとつの塊がタムと同じように壁の間に立つ。両側から別の塊族が壁を押し、間にいた塊族は挟まれた。壁が離れた時そこにいたのは、人の形をした塊族だった。地に足がついている。
「あなたの型が欲しかったのですよ」
「それならそうと、先に言って下さい」
 塊族が次々と壁に挟まれ、人の形になっていく。人の形になった塊族は、思い思いに動き出した。走る者がいれば、寝転んでみる者もいる。
「これはいい、動きやすいな」
 タムはそんな塊族を、離れたところで見ていた。色の濃い人の形をした塊族が近づいてくる。二人は腰を下ろした。
「何もかも、始まったばかりなんですね」
 タムが言う。
「ええ。これが始まりです」
 塊族は頷いた。彼は憂いを帯びた表情でタムを見た。
「喜ばしく、そして悲しいことです」
「何故ですか」
 悲しむことがあるだろうか。
「タム殿。始まれば、終わるのです。必ず、終わります。だから始まることは、終わることと言ってもいい」
 否定できなかった。彼は間違ったことは言っていない。始まりが終わりだということは、タムも知っていた。
「そうですね。でも、とりあえずは祝いませんか。終わりは必ずやってきますが、ずっと後のことです。始まった時から終わりを嘆くのは、勿体ないことだと私は思います。今はとにかく、喜びましょう」
 塊族は微かに笑みを浮かべた。だがその顔から、憂いが消えることはなかった。
「幾星霜を重ねた後、あなたは何を思うのでしょうね」
 塊族はそう言った。
「さあ。その時になってみないとわかりません」
 まだ世界は、始まったばかりだ。



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