05


「我々が倒すことはないじゃないか。あと数日で討伐隊が来るそうだから」
 途端にバーランガの眉間に不機嫌さを示す大仰なしわが刻まれる。
「あいつらは駄目だ。俺はな、ああいう気味の悪い連中が一番嫌いなんだよ。太陽拝んで、人に尽くすだと? 頭がおかしいのさ」
 それまで主に聞き手に回っていたサンディが口を開いた。
「どの連中です?」
「雛(ひよこ)だ、雛」
 サンディがかすかに目を細める。そうすると、長い睫で瞳がかげり、感情が読みにくくなる。
「幼い翼……。お頭、それは確かですか」
「この耳で聞いたんだ。相手が化け物となるとさすがにお手上げだったのか、トラマトラは雛に泣きついたんだろうな。それとも雛から申し出たのか……ありそうな話だぜ。討伐隊が雛なのは間違いない。俺は気に喰わんのだ、雛も、雛に任せる奴らも。あんな輩に任せるくらいなら、俺が自分でやってやる」
 雛だの翼だの、符丁なのか、タムにはさっぱりわからなかった。バーランガは苛立たしげに草をむしり、サンディは考え込むような仕草をする。
「ここで彼らのことを聞くとは意外でした」
「急激に増えたんだよ。北ほどじゃないがな、西にも進出してきてるぜ」
「待て、待て」
 タムは手をあげて話を遮った。
「先ほどから雛がどうしたと言うが、何の話だ?」
 バーランガは怪訝そうだった。
「雛を知らない? こいつ、自分がお上品だとでも言いたいのか?」
「いいえ。タムは幼い翼を知らないのです」
 説明を求めるが、サンディは気が進まないらしかった。タムにしてみれば何を渋る必要があるのかと思う。やっと彼はこう言った。
「雛というのは幼い翼の蔑称です」
 これでは説明らしい説明と言えない。サンディはそれ以上話すつもりがないのか、一人考えに沈んだ。
「それで、幼い翼というのは何だ」
 答えたのは従者ではなく山賊の頭だった。
「お人好しの集団さ。太陽や鳥を拝んで説教たれる、胸くそ悪い連中だ。慈善活動が好きなおめでたい奴らだ。話を聞く度、反吐が出そうになるね。俺が会ったら、唾を吐きかけてやらぁ」
 こちらも細やかな説明とはほど遠いが、何となく、何かの集団であるらしいことはわかってきた。
 サンディが「お頭、馬の手入れをしても宜しいですか」と急に言い出した。
「手入れだ?」
「この馬は疲れています」
「お前、馬に詳しいのか」
「馬医のもとで働いていたことがあり、心得があります」
 そんな話は初耳だが、サンディは何かしら考えがあって言い出したのだろう。タムは黙って見守った。サンディは馬をさすったり、蹄の具合や、馬具を調べている。
 そうして時間は経っていった。
「それじゃあ、そろそろ行くとするか。俺の考えでは化け物が出るのは夜半だ。これから行って、待ち伏せしよう」
 バーランガはタムとサンディに武器を配った。
 サンディは先ほどの話が気にかかるのか、やや上の空である。
 タムに渡されたのは真っ直ぐな刀で、重みがあった。まともに刀剣を握るのは久しぶりで、何度手にしても嫌な感触だった。見かけ以上の重量で、タムの力では刀を振り回すというより刀に振り回されてしまう。
 いかにも粗暴な山賊に扱われていたといった感じで薄汚れてはいるものの、刀身は飢えた獣の牙のごとく、残忍にぎらついていた。
「こんなものを上手く使う自信はない」
 タムは泣き言を言った。
「任せろ、しとめるのは俺だ」
 山賊は自信たっぷりだった。
「どうやって化け物を倒すんだ?」
「待ち伏せして、やって来たら切りつける」
 計画と呼べるほど立派な計画は練っていないようであり、先が思いやられる。無計画っぷりを非難したいところではあるが、またすごまれてこちらが黙り込むという展開が目に浮かんだので、諦めた。
 それより、鞄である。タムとしては化け物退治の前に鞄を取り戻し、山賊とはおさらばしたかった。しかしどうにも、好機は訪れない。
 このままでは本当に化け物退治に付き合わされてしまうかもしれなかった。聞いてみるまでもなく、非力なタムは囮に使われるのだろう。
 サンディはというと、いつの間にか刀を放り出し、また馬に近寄っていた。彼は武器などお気に召さないのだろう。象と馬とは気が合うのか知らないが、打ち解けた様子で顔を寄せていた。ひそひそ話でもしているかのようである。
「その、羽だか雛だかの到着を待つつもりはないのか」
 駄目で元々、もう一度尋ねてみる。
「ない」
 バーランガはきっぱりと言い切った。
「あんな奴らに何ができる? お祈りで化け物が目を回すか? いいや、俺がやってやる。俺しかいない!」
 折角助かった命なのだから、もっと大切にするのがよかろうとタムは思う。だが、こういう輩は無意識のうちに何事にも刺激を求めてしまうのだろう。平和を愛するタムには理解しがたい性質だった。
「さて、行くぞ」
 いよいよ出陣、とばかりにバーランガは刀を掲げた。タムの士気は上がらない。不満をのみこみ、回れ右をして逃げ出したい衝動をこらえつつ、いざや進めと歩き出す山賊について行った。
 少し歩いて後方を確認すると、サンディの姿が見当たらないのでタムは慌てた。何をもたついているのかと気を揉みながら待っていると、ようやくサンディがやって来た。
「おい、何をしていたんだ」
「後でわかります」
 涼しい顔でそう言い、サンディはタムを追い抜いて行ってしまうので、またタムが二人を追いかける形になってしまった。
 空は刻々と夜に近づきつつある。まだ闇の片鱗さえ見えず、空は明るいが、それでも夜の気配を感じる刻限になっているのだ。景色の色は濃く変化し、風が冷えていく。
 化け物退治に向かうのだと思うと、目に映るもの全てが薄気味悪く思えてタムは背を丸めて歩いた。刀が重い。邪魔なだけである。
 バーランガはタムの荷物と武器だけを携え、サンディも渡された刀は忘れずにぶら下げている。彼の細腕には似合わない代物だった。
「初めはここらで出たって聞いたな」
 ふとバーランガは立ち止まる。
「出たって?」
 タムが眉をひそめる。
「化け物だよ」
「化け物!」
 過敏に反応するタムに、バーランガはやれやれといった様子で視線を向ける。
「前に出たって話だ。今は出てない」
「わ、わかっている」
 根本から折れて倒れている木が何本か目に入る。山では自然に木々が倒れるのなど珍しくもないだろうが、何かが起き、衝撃が加わったために折れてしまったのは明らかといった光景だった。
 この生々しい痕跡のせいで、他人の話や想像の中だけの存在だった化け物が、ぐっと現実味を帯びてタムに迫ってきた。



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