04


 道には車輪のわだちらしい、平行に続く跡が残っている。トラマトラから金をたんまりもらった人間を狙って賊は襲っていたそうだ。
 バーランガは道を左にそれ、木下闇に入っていった。ゆるやかな斜面になっていて、木の根や草に足をとられぬよう慎重に足を進めていたタムは、バーランガとサンディが先に進む中、はたと一人立ち止まった。
「化け物!」
 タムのうわずった悲鳴に、前を行く二人は同時に振り返る。
「この山には化け物が出るんだ!」
 バーランガはつまらなさそうに肩をすくめた。
「知っている」
「早くここを離れなければ!」
 そわそわしてタムは周囲に首をめぐらせる。こんな重大なことを今まで忘れていたとはなんて自分はのんきなのだろう。鞄を盗られた件で頭がいっぱいだったのだ。
「おい!」
 タムはバーランガに呼びかけた。「知っているならどうして引き返さないんだ! 化け物が本当にいたらどうするんだ!」
 サンディはタムとバーランガの間に立ち、二人を交互に見ている。バーランガはため息をつくと、気だるそうにまた振り向いた。
「化け物はいるだろうさ。実際、俺の残った手下二人はその化け物にやられたんだからな」
「何だって!」
 タムは度肝を抜かれた。しかしそれ以上に驚かされたのは、バーランガが続けた言葉だった。
「俺達はこれから化け物を退治しに行くんだよ」
 口を開けたままタムは絶句した。
「さっさと歩け。この先に俺の荷物と馬がある。詳しい話はそこでしてやろう」
 あまりの衝撃に体を強ばらせていたタムだったが、どうにか数秒で立ち直った。
「嫌だ!」
 タムが怒鳴ると、山賊の頭は三度足を止め、振り向いた。タムは毅然として拒んだ。
「断る。化け物退治だと? どうして私がそんなことをしなければならないんだ。絶対に嫌だ! 断る!」
 断る際は、言葉を濁さずはっきりと。大切なのは、強固な意志。少しでも気後れすれば、あれよあれよという間に面倒事に引きずり込まれてしまうのだ。
 地面が傾斜しているのでタムはバーランガより高い位置にいて、彼を見下ろしていた。バーランガがタムを見上げるが、その目つきは穏やかではなかった。残忍そうな光が閃き、タムは一瞬前の決意が揺らぎ、怯んでしまった。
「お前に拒否する権利はない。いいか? お前達は俺が手下にしてやったんだ。お頭の命令は絶対だ。俺に逆らうな。わかったら、黙ってついてこい」
 手下にして「やった」だと?
 何を偉そうに。誰も是非あなた様の下僕にして下さいと地面に額をこすりつけたわけではない。
 文句の一つでも言ってやりたかったが、タムは押し黙ったままだった。何か言えば自分の身を危険にさらすことになる、と本能で感じ取ったのだ。不満は恐怖に押さえつけられた。
 サンディは表情の乏しい瞳でタムを見上げている。乏しいが、しかしそう見えるだけであり、彼はタムを急かしていた。
 鞄のこともあるので戻るわけにもいかず、前に進むしかないのだ。のろのろとくだり、サンディに追いつく。バーランガは奥へと歩いていた。
「彼を怒らせないで下さい。悪人とはいえ、なかなかの猛者のようですし、隙がありません」
「お前、よくあいつを『お頭』なんて呼べるな」
 不満の矛先をタムは従者に向けた。
「彼にへつらう気持ちはありません。お頭、というのはただの言葉で、私にとっては状況に応じた一つの呼称に過ぎません」
「じゃあお前は、あいつが『ご主人様と呼べ』と強要したら、従うつもりか?」
 サンディは沈黙し、たっぷりタムを見つめた。視線には明らかに侮蔑がこめられている――ようにタムには思えた。
「行きましょう」
 納得はいかないが、意地を張ってあの山賊に敵意をむき出しにするのと、素直なふりをして油断させるのと、どちらが利口かといえば後者だろう。
 サンディに促されて先を急いだ。
 しかし、化け物退治に参加するのは避けたかった。これだけは避けねばならない。
 木立の中には木につながれた一頭の栗毛の馬が、ぽつねんとおとなしく待っていた。
 バーランガの荷物というのはほとんど武器で、点検でもしていたのか散らばっている。まさに彼の気性をあらわしているかのようで、どれもがどこか凶悪な形をしていた。
「こんな時に山道を通る物好きもそういないだろうが、人目につかないにこしたことはない。道の真ん中で長々立ち話はしない方がいい」
 ここで食事をしていたらしく、地面には火をおこしたあとや、小動物の骨もあった。
 バーランガはどっかと腰を下ろしたが、タムの鞄は手放さなかった。タムとサンディもその場に座る。サンディは少々馬を気にしていた。
「さっきも話したが、俺たちは三人にまで減って、その三人で山をこえようと考えた。後ろの子分どもはちょっと離れて馬で走ってたんだな。離れていたといっても、それほどの距離じゃねぇ。何度後ろを見てもやって来ないんで、何をちんたらしていやがんだと俺は腹を立てながらしばらく待った。だが、一向に現れねぇ。元来た道を戻ってみたが、忽然と消えちまってたんだ。トラマトラの兵に捕まった形跡もない。俺は情報を集めたが、俺達が峠を通った晩、もう化け物騒動が起きた後で、トラマトラの連中もおそれをなして引き上げていたからな」
 単にはぐれただけとは考えにくく、手下は化け物にやられたに違いないとバーランガは主張する。峠を通っている時、確かに妙な気配がして馬が怯えたそうなのだ。
「びびるなよ、とあの時は無理に走らせたがな、思えば様子が変だった。獣は人間様より敏感に物事を察知するだろうが?」
「しかし、子分も馬に乗っていたのだろう。私が聞いたところによると、馬に乗った者は化け物に襲われないと聞いたぞ」とタム。
 バーランガは刀を手にとり、何度もひっくり返して眺めていた。
「噂だろう。噂なんて、あてにはならない。別の村では、薬草を口にくわえて目をつぶって歩けば化け物は寄ってこないらしい、などとくだらん噂が広まっているくらいだ。目をつぶって山が歩けるか? 馬鹿が。これまで馬に乗った奴が襲われた例がなかっただけで、俺の子分が初めてやられたのかもしれねえじゃねぇか」
 とにかくバーランガの中では化け物の仕業ということになっていて、それは揺るぎないらしい。
「子分の仇をとろうと言うわけか」
 タムが言うと、バーランガは顔をしかめた。
「俺がどうしてあんな阿呆どもの仇をうたなけりゃならないんだ、冗談じゃねぇ。俺はあいつらに同情なんてしてない、むしろ腹立たしい。これから気をとりなおして悪事にはげもうってところで、得体の知れない化け物に喰われちまうんだから、情けない」
 こいつも喰われれば世のためになるだろうに、とタムは腹の中で思った。
「だが、死んだ奴らに責任はとれないからな。このむしゃくしゃした気持ちを誰にぶつけたらいい? 俺は考えた。つまり、あの化け物を殺すしかないんだ。この手でしとめるしかない」
 その思考回路は理解不能だった。タムとは仕組みが異なっているようだ。考えた、と言うが、どの程度考えて出した結論なのか。
「一人でやればいいだろう」
「手が多い方がうまく進むんだ」
 どんなことをさせられるのだろうか、とタムは暗澹とした気持ちになる。餌のふりをしておびき寄せろとでも言いかねない。
 そこである記憶がふと思い出された。



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