02


 大方の場合、そのまま死んでしまうのだ。
 タムは少年の様子をうかがった。少年は何かに耐えるように、小さな背中を丸めて座っている。と、石を拾いはじめ、立ち上がった。
 集めた石を川に向かって投げている。タムが横に立つと、彼は石を投げながら言った。
「死んだおとうが、俺がもっと小さかった頃、悪魔の話をしてくれたことがあったよ。悪魔は悪い奴だって。そんな奴に、どうして俺のおかあが苦しめられるんだろう」
 川面を睨み、力一杯少年は石を投げつけた。飛沫があがり、波紋が広がる。
「おかあはおとうが死んでから、一生懸命働いていたよ。何も悪いことしてないよ。悪魔と話ができるなら、言ってやりたいんだ。お前が苦しめなくちゃならない悪い奴は、いっぱいいるだろうって。どうして俺のおかあなんだろう。どうして俺のおかあが死ななくちゃならないんだろう」
 安っぽい同情の言葉など、彼には気休めにもならないだろうと思った。この子はこんなに幼いが、様々なことで煩悶している。
 母親には助かってもらいたいと切に願いながらも、彼は実際、このままだとどうなってしまうか知っている。疫病にかかった人々がどうなったか、見聞きしたことがあるのだろう。自分にはどうしようもないことも、知っている。
 タムにも、どうすることもできない。安易に慰めることが、良いことだとも思えない。
 沈黙していたタムだったが、ふと思いついた。石を拾いはじめる。それを従者と少年が見守っていた。
 タムは川に石を投げた。上体をひねった投げ方を数回見て、少年はタムが何をしようとしているのか理解したらしく笑った。
「下手くそだなぁ、お兄さん。そんなんじゃダメだよ」
 少年は新たに平たい石を選んで拾い上げ、川面へ投げた。石は三度、水の上を弾んだ。
「上手いな!」
 タムが感嘆の声をあげる。
「当然さ。俺はずっとこの川で遊んでるんだ。水切りはおとうに教わった。おとうは村で一番水切りが上手かったんだよ」
 タムと少年はしばらく水切り遊びに没頭した。
「もっと手首の力を利かせるんだよ」と少年は熱心にタムにこつを教えたが、タムに上達の兆しは見えなかった。それがおかしいのか、少年は腹を抱えて笑った。
 サンディは参加せず、座って二人が遊ぶのを眺めていた。彼は一度も石を投げなかったが、おそらく水切りも簡単にこなすだろう。タムよりもずっと器用な象だ。
 これに飽きると二人は相撲を始めた。相撲と言っても、ただ押したり引いたりしてじゃれあっているだけだった。
 こうして遊んでやることしか、タムにはできなかった。この一時でも、彼を楽しませてやること。それがタムにできる、精一杯のことだった。
 少年はさすが子供と言うべきか、疲れを知らない。タムが先に根をあげた。
「待った。休憩しよう」
 息を切らして座りこむタムを、少年は腰に手をやって見下ろしている。
「だらしないなぁ、お兄さん。うちの村だったら、これくらいのことで若い男がへばっていたら嫁に来る女がいないよ」
 傷つく言葉である。かと言って立ち上がる元気もなく、結局一休みすることとなった。
 力を持て余しているらしい少年は、変わった形の石ころがないかと川原をさがして歩いている。
「面白いのがあったら、持って帰っておかあに見せてやろう。前は鳥にそっくりなものを見つけたんだ」
 少年は気丈だった。悲しくないはずはないのに、涙を見せない。
「他に、家族は」
 タムが尋ねると。少年は首を横に振った。
「おとうは随分前に死んだし、にいとねえがいたけど、燃える悪魔で死んだ」
 また少年は石をさがして歩き出す。
 タムは心底から彼の境遇を憐れんだ。彼自身、ここにいてはいつ疫病にかかるかわからない。しかし、くどいようだが何もしてやれない。疫病はここでも都でも蔓延していて、安全だという場所は知らなかった。
 タムは少年を呼び寄せると、目をつぶるように言った。
「びっくりさせてやろう。いいと言うまで、目を開けるなよ」
 言われた通り少年は目をつぶり、手でおおった。
 タムがサンディに耳打ちする。
「象になって遊んでやれよ。少しはこの子の気持ちも晴れるだろう」
 もしかしたら、サンディは素直に聞き入れないかもしれないと思っていた。子守りをさせるのか、と渋ったり、無責任な同情心から少年と関わったことを責めるかもしれない。何も口出ししないのは、そういった不満があったからかもしれない。
 だがサンディは、タムの覚悟していたような言動は一切せず、象の姿に戻った。
 どちらかと言えば感情に動かされる性格ではない彼だったから、一言二言文句を言うだろうと思われたが、さすがに少年が気の毒だと感じたのだろう。
「いいぞ、目を開けてみろ」
 タムが言うと少年はぱっと目を開けた。そしてその目をまん丸にして、突如現れた巨大なものを見上げた。何歩か後ずさったのは、恐れたからではなく、視界にとらえきれなかったからだろう。
「すごい、象だ!」
 少年がとび跳ねる。
「貴族が乗っているところを一度だけ見たことがあるよ。野生の象は危ないって大人が言ってたけど、この象は? お兄さんが飼っている象なの?」
「まあな」
「そうなんだ。それにしちゃ、今まで姿が見えなかったねえ。どこにいたの?」
「ううん、まあ、その辺さ」
 ここの森に野生の象はいないんだ、と少年は嬉しそうにサンディを見上げたが、はたと気づいてタムの背後を覗きこんだ。
「もう一人の人はどこにいったの?」
 タムとサンディは視線を交わした。
「さあ。木の実でもとりにいったんだろう」
 少年は納得したのかそれ以上尋ねることはなく、サンディの大きな前脚におっかなびっくり触っていた。
「大きいなぁ、すごいなぁ」と顔をほころばせている。
「ロバなんかより、もっと力が強いんだろうな。切り倒した木もたくさん運べるんだ。そうでしょう? ね、運ばせたこと、ある?」
 顔だけ振り向いてそう言う少年に、タムは答えず微笑んだ。
 おそらくサンディは、木を運べと命じたところで、余程の理由がない限り、タムの命令などやすやすとは聞かないだろう。従者はタムは命令を下した時、本当にそれがすべきことかどうか、最終的に自分でそれを判断するのだ。
 仮にタムが命令してサンディがそれを実行したとして、その間にサンディの自己判断という過程がある以上、厳密には彼が命令を聞いたことになるのかは疑問である。
 未だ二人の間に絶対的信頼関係は築かれていないと言える。瞬時にタムはそんなことを考え、少し落ち込んだ。
「鼻が動く!」
 少年は当たり前のことに感動していた。サンディが長い鼻を揺らしただけでも大喜びだ。
「乗ってみるか?」
 タムが言うと、「乗れるの?」と少年がまたとび跳ねる。
 タムが先に乗って手本を見せた。サンディの曲げた前脚に乗り、耳に手をかけて少年は上がろうと頑張った。しかし彼は小さくてのぼれない。サンディが鼻ですくいあげ、タムが上から引っ張った。
 ようやく乗ることができると、少年はもう大はしゃぎだった。
「王様になった気分だよ! 王様ってのは、こういう景色を見ているんだろうな!」
 それからは王様ごっこが始まった。偉そうに少年は胸を張り、見えない臣下に礼をするよう指をさす。サンディはその辺を少し歩きまわってやった。
 彼は興奮してよく体を動かしたので落ちやしないかとタムは冷や冷やした。しかし森の木に登って遊ぶことが多い子供ということもあってか、うっかり落ちたりなどはしなかった。



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