06


 二人の邪魔になるだろうと、タムも席を外すことにした。サンディはまだこちらに背を向けている。近寄ってみると、何かをしているらしいことがうかがえた。
 今夜は暗い。月が出ていないせいだった。大小様々な星が空に散らばってまたたいているものの、地上を照らすほどの明るさは持たないのだ。
 サンディは手で地面を掘っていた。口をもぐもぐと動かしている。
「何を食べているんだ」
 肩に手をかけられた従者は何かを咀嚼しながら顔を上げた。
「動物でも見つけたか」
「いいえ、ネズミ一匹通りませんよ。見つけたところで私は象ですから食べません。虫ならいるようですよ。捕まえましょうか」
 タムは顔をしかめた。虫はあまり、食べたいと思わない。
「お前が食べているのは虫じゃないだろうな」
「はい。植物の根です。食べますか」
 よく土を払った植物の根っこをタムは渡された。
 かじってみると落としきれなかった砂が口の中に残り嫌な思いをしたが、虫よりはましだろうと我慢した。砂は唾と一緒に吐き捨てた。それでもまだ、舌の裏や歯の隙間に残っているようだった。
「蟻などはうまいそうですよ。私は食べたことがありませんが、以前人に聞きました」
「蟻ねえ」
 昆虫は見ている分には苦手ではなかったが、食べるのには抵抗がある。
 サンディはしばらく黙々と根をかじっていた。一本一本が細い銀の髪の毛はまるでよわい光を帯びているかのようで、暗がりに浮いてみえる。
 自分の髪は黒いから、これほど目立つことはないだろう。
 ――そうだ。黒いのだ。
 まるで今初めてそのことを知ったように思えた。そんなはずはないのだから、奇妙なことだ。
 そして、どういうわけか目眩がした。
 景色が揺れたような、回ったような感覚に陥った。それは寸秒のことだったが、気持ちが悪くなった。
「タム。ルドノフのことはどうしますか」
 サンディが今日初めて彼の名を口にした。
 タムはもうその瞬間、目眩がしたことなど忘れてしまった。
「明日からのことを言っているのか? 町に連れて行けばいいだろう。この近くの町ではなくて、遠い町にだ」
「はっきり言って、あなたの考えは甘いですよ。奴隷が奴隷以外の道を進むのは容易なことではないのです。別の町へ行って、すぐに彼が満足するような仕事を見つけられると思っているんですか。少々離れた町へ行こうが、彼の立場は変わりません。ですから、どうするのかと聞いているんです。あなたは彼を二人目の従者にして、面倒を見てやろうと思っているのですか」
「それは無理だろうな」
 ルドノフがこの変わった旅の仲間になれるとは思えなかった。
 サンディの言うように、タムは甘かったのだ。そうは言っても、あの時ルドノフを見捨てることなどできなかったし、そうするべきではなかった。だから、自分の行動を悔いてはいなかった。
「でもやっぱり、遠い町に行くべきだろう。それくらいのことしかできないし、行ってみて、また考えよう」
「彼はもう、うんざりしてると思いますよ」
「何に対して?」
「この大陸にですよ。西の大陸なら、どこに行ったって満足はしないでしょう」
 その時タムは、気がついた。サンディがルドノフに抱いているのは、嫌悪ではなく懸念なのだ。何かを危ぶんでいる。
「お前はルドノフのことで何か気がかりなことがあるのか」
 タムは率直に尋ねてみた。サンディは答えず、首を横に振っただけだった。
 彼は普段から特別元気な奴とは言えず、物静かではあったが、今夜はおとなしすぎて、落ち込んでいるようにすら見えたのだ。
 タムは完璧とまではいかないが、従者の些細な感情の変化を読み取ることができるようになっていた。だがそれが、自分の思い込みでないともまだ言い切れない。
「戻りましょうか」
 振り返ってサンディは言った。
 二人が戻ってみると、焚き火のそばにはセパーダの姿しかなかった。
「彼はもう眠りましたよ。疲れていたようです」
 セパーダがここから一番近い、数十歩離れたところにある建物の入り口に視線を投げた。ルドノフはそこで寝ているそうだ。居心地の良いところではないだろうが、中はそれほど荒れてはいないし、寝所としては支障がない。風もよけられる。
「あなたはここに住んでいるのではないと仰いましたが」とタムはセパーダに言った。
「ええ。修行林で生活していたのですが、そこを出て、放浪しています。良いねぐらを見つけたのでここには二晩泊まっています」
 修行林というのは、おそらく複数の僧侶が集団で生活している場所なのだろう。
「その修行林、とやらは何故離れようと思ったのですか」
 セパーダは火に薪をくべ、一息置いてから答えた。
「追い出されたもので……」
「ああ……」
 気まずくなり、タムは目を伏せた。
 サンディは会話に参加することもなく、じっと炎を見つめている。漆黒の瞳に揺らぐ炎が映っていた。
「私に問題があったので、出ていくしかなかったのです。周りの者に迷惑をかけてしまいましたから」
 彼が何をしたのか、聞こうとはしなかった。良い思い出でないことは疑いようがないし、聞けばまた気まずい思いをすることになるだろう。
「幸いこうして、町から離れた場所に寝泊まりするところを見つけられました」
 何が幸いなのだろう。むしろ町に近い方が、不便を感じないのではないだろうか。それとも、寝泊まりするところを見つけた、ということが幸いなのか。
「あなたは眠らないのですか」
 タムは話題を変えた。
「私はなるべく、夜に眠らないようにしているのです。明るいうちに眠ります。火をたやすわけにはいかないので」
「それなら、私が夜番をしますから、どうかセパーダは眠って下さい」
「しかし……」
 セパーダは困った顔をしている。遠慮しているのだろう。
 タムは親切心から火の番を申し出た。夜に眠らなければ体に障る。
「私と従者が交代で番をしますから、気兼ねなさらず」
 タムは目顔でサンディの了承を得た。
 そうですか、と尚も遠慮がちな顔で頷くと、セパーダは建物の中には入らず、外壁に寄りそうように横になった。
「くれぐれも、火をたやさないで下さい」
 セパーダは念を押した。
「わかりました」
 この辺りには、オオカミでもいるのだろうか。サンディに聞いてみると、そんな気配はないと答える。
「タム、あなたに火の番ができるのですか」
 従者の言葉は挑発的に聞こえた。
「お前にできて私にできないことはない」
「はあ」
 サンディが先に寝ることになった。タムのそばに横たわる。
「何かありましたら、声をかけて下さい」
 そう言って背を向けた。
 皆寝てしまうと妙に静かになるものだ。考えもなしに次から次へと火に粗朶をくべ、タムは暇を持て余していた。



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