02



「第一、頭の骨以外見当たりません。獣が遠くから運んできたのかもしれません」とサンディは言う。
 しかし、骨と金が関係あるとは断言できないものの、また関係ないとも言い切れないのだ。
 あれこれ考えたところで想像の範囲を脱しない。タムはしばらく金貨を眺めたり、触ったりしていた。金貨とはこんな重みがあり、こんな感触なのか。一度にこんなにたくさんの金を目の前にすることは今までなかった。
「タム、そろそろ行きませんか。日が落ちるまでは時間がありますが、暗くなる前に谷を出るのがいいでしょう」
「そうだな」
 立ち上がったタムの目は、金貨に吸い寄せられている。
「それはどうするんですか」
「何が?」
「金貨ですよ。置いていくんですか? 持っていくんですか?」
 それは今、大いに悩んでいたことだった。普通なら、持っていくだろう。だがタムには不安があった。
 この金貨を隠した誰かが生きていて、またはその関係者等が、後々盗まれたことを知って犯人をさがすかもしれない。
 それに、死んでいたとしても――
「呪われたらどうしよう」
「呪いですか」
 よくあるではないか。
 欲に目がくらんだ男が呪われた財宝を手にし、その身には次々と災いがふりかかるようになり、やがて死んでしまうという話。
 やはり元あった場所に戻しておくべきではないだろうか。
 そうだ。そうするべきだ。
「では、置いていくんですね」
 念を押すようにサンディが言った。途端にタムの決意が揺らぐ。
 金が欲しくないわけではないのだ。いくらあっても困らないと言うのだし。
 タムは金貨に手をのばしかけ、引っ込めた。どうも踏ん切りがつかない。「なあ、お前ならどうする」
 問われたサンディは金貨の入った箱を一瞥した。
「私の意見を聞いてどうするんです?」
 意見の一つや二つ、言ったって何が減るわけでもないだろう。聞いてみただけだというのに、小憎たらしい返事をする奴だ。
 腕を組んで悩んだタムは、ようやく結論を出した。
「半分だ。半分は持っていき、半分は置いていく。名案だろう」
 目分量で半分をつかみ、金貨をズボンのポケットに入れた。そんなタムの様子を見ながらサンディは「また中途半端な決断ですね」と呟いた。
 タムは聞こえないふりをして、箱を元あったところに戻し、適当に土をかぶせた。結局、置いていくには惜しい気がして、持っていく勇気もなく、このような案に落ち着いたのだ。
「金が災難の元になることもありますが、助けになることもありますからね。また濡れ衣でも着せられた場合、金があればどうにかなるでしょう」
 サンディは金を持っていくことに賛成しているようだった。
「冗談はやめてくれよ。もう面倒事に巻き込まれるのはうんざりだ」
 しばらく歩くと視界がひらけ、谷を抜けた。
 岩山ばかりが目立つ場所で、風は乾いていた。一陣の風に砂埃が舞い上がり、タムは目をつぶった。
「ここより東に行けば町があります」
 サンディが東の方を指し、歩き出した。
 そびえ立ついくつもの岩山が視界を遮り、遠くまで見渡すことができない。
 歩いているうちに風にのってかすかに人の声が聞こえ、タムとサンディは顔を見合わせた。
「聞こえたか?」
「ええ。近いようですね」
 声のする方へと足を進める。声を聞く限りあまり穏やかではない雰囲気で、二人は岩の陰に隠れ、様子をうかがってみることにした。
 馬が一頭いて、そのそばで背の低い小太りの男が鞭を振り回していた。怒鳴っている。
 鞭で打たれているのはぼろ布のような服を着た青年だった。髪の色は金で、肌は白い。その容姿から、彼が異国の民であることはすぐ知れた。この辺りであんな肌と髪の色をした人間はいない。
 タムは眉根をよせた。無抵抗の人間をああも激しく鞭で打つとは何たることだろう。青年は手を縛られている。
「彼は奴隷でしょう」
 サンディが小さな声で言った。
「見ていられないな」
 タムも呟く。
 罵りの言葉を口にしながら鞭を振り下ろすそのさまは、ほとんど八つ当たりだった。青年はどんどん身を縮めて手で顔をかばい、うずくまっている状態だった。攻撃がやむ気配はない。
「止めよう」
 見過ごすことはできなかった。
 一歩踏み出そうとしたタムの肩を、サンディがつかむ。
「どうするつもりですか」
「だから、止めるんだよ」
 サンディは口を閉じ、タムを見た。非難の眼差しだ。
「ほうっておけと言うのか?」タムが抗議する。
「そうは言いません。ですが首をつっこむからには、考えがあるんでしょうね」
 今度はタムが口を閉じた。
 考えなど、ない。やめろ、と大声を出してつっこんで行くつもりだった。その後のことは考えていなかった。だが、逡巡している間にあの青年は命を落としてしまうかもしれないのだ。
「何とかなるさ」
「こういう時はえらく楽観的ですね」
 呆れたように言ってサンディは肩から手を離した。
 タムはふと思い出して、ポケットを押さえた。そうだ、これがある。
「待て、待て。やめろ!」
 タムは声を張り上げながら、男と青年の方へ駆け寄った。
 男は鞭を持った手を止め、うずくまっていた青年は顔を上げた。二人は突然見知らぬ人間が登場したことに驚いているようだった。
 小太りの男は目を見開いていたが、すぐさま険しい顔でタムを睨んだ。
「誰だお前は。何用だ?」
「彼を鞭で打つのはやめろと言うんだ。見るに堪えない。やりすぎだ」
 タムの言葉に、青年は困惑の色を浮かべていた。男が舌打ちをする。
「見るに堪えないだと? お前は何の権限があってそんなことを言うんだ。俺が俺の奴隷をどうしようが、勝手じゃないか」
 鞭をたずさえたまま、男は足を踏み出す。タムは思わず後退りしそうになるのをこらえたが、助けを求めて後ろを振り向いた。サンディが出てきそうな気配はない。
「俺は今、虫の居所が悪いんだよ。お前のせいでもっと機嫌を損ねた。どうしてくれるんだ?」
 ついに男はタムの目の前に立った。丸い顔で、口ひげは丁寧に整えられている。太い眉毛は毛虫のようで、タムを睨んでいるせいか陰険に歪んでいた。
 タムは一度空唾をのんでからこう言った。
「買おう」
「何だと?」
 怪訝な表情で男が聞き返す。
「その奴隷を買おうと言ってるんだ」
 ポケットに手をつっこむと金貨を握り、男に見せた。男はタムが現れた時より驚いて、目を見張って金貨を見つめた。



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