05


「いくらだって悪用できる力ですもの。外で悪用されるくらいなら、彼らは私のことを殺そうとするでしょうね」
「あの穏やかな村人が、そんなことをするとは思えないが」
「神聖な力のこととなれば穏やかじゃなくなるのよ。私が授かったのは強すぎる力で、誰かを喜ばせるものではない。村人はこの力をひっそりと守り抜くことを使命としているわ。私も無理に村の外へ連れ出されそうになったとして、村人が私を手にかけようとしたら、拒まないと思うの」
「何故だ!」
 またタムの足が止まった。
「私はこの力を利用したいとは思わないし、利用されるべきではないと思ってる。多くの民をこの力で平伏させたいなんて願わないし、私の望みは……ちょっとタム、止まらないでと言ってるでしょう!」
 すまない、と謝ってタムは足を進めた。そんなに怒らなくてもいいだろうに。
 それにしても、聞けば聞くほど気の毒な話だ。彼女の力は何の為にあるのだろう。
「この力を持っているから、私は足が悪く生まれたんじゃないかしら。そう思うことがあるわ。この村から一人で出ることがないよう、足枷をつけて生まれてきたのだと」
 誰かに背負ってもらうことなど久しぶりだとダーニャは言った。幼い頃は父親に背負ってもらい、村の外へ夕陽を見に出かけたらしい。
 母親は産後の肥立ちが悪くてすぐに亡くなり、父親はダーニャが十一になる頃に亡くなった。彼女は父が死ぬ日を知っていた。
 道すがら、ダーニャは自分の力のことについて話した。ほとんどの場合見ようとしなければ先のことは見えないから、見たくないことは見なければいい。しかしそれでも、見えてしまうこともある。
 そして相手に未来のことを話すときは、相手がその未来を変えてしまう術を知ってしまいそうになることは、はっきりと伝えないことにしているそうだ。それは誰から言われたことでもなく、彼女が悟っていることだった。
 ダーニャはこうも言った。私は自分の死ぬ時を知っている、と。
 タムは驚いた。驚いて、心が痛んだ。
 あとどのくらい自分が生きるのかということをダーニャは話さなかったし、タムも聞かなかった。
 一日、また一日と残りの人生が減っていくのは誰もが同じことだ。だが、その長さが正確にわかってしまったらどうだろう。ダーニャはよく正気でいられるものだ。全てを受け入れているのだろうか。
 尋ねたら、彼女はこう答えるかもしれない。
 だって、受け入れるしかないじゃない、と。そしてまた、笑うかもしれない。
 切り立った崖の上に出た。村人はここから空を見て、明日の天気を知ろうとする。ここは眺めがよくて、空が広く見えた。遠くまで見渡せる。
 今日の夕焼けは特段美しいものではなかった。黒い雲がいくつも浮かんでいて、夕陽を隠してしまっている。それでもダーニャは「きれいね」と呟いた。
「私は千年先まで見える。二千年先までも見える」
 その声は小さかったが、タムの耳にはしっかりと届いていた。風が吹き、足元の草や木に茂る葉がさわさわと音を立てた。
「けれども私は、そのことを幸福だと思えなかった」
 息が詰まるほどの悲しみを、タムは覚えた。
 望まずに与えられた特別な力。それによって、彼女が得られたものは何だったのだろう。時の中を孤独に泳ぐダーニャの目に、光が映ったことはあったのだろうか。
「タム、下ろしてちょうだい」
「しかし、足が……」
「あなたが支えてくれれば大丈夫よ」
 慎重にダーニャを背中から下ろし、隣に立たせた。ほとんど寄りかかるような状態だ。タムは彼女の肩を抱いた。細い肩だった。
「私の望みは、普通に暮らすこと。普通の娘と同じように暮らすこと」
 そんな望みは決して叶わないけど、とダーニャは自嘲する。
「普通に立って、歩いて、走りたいわ。野原を走り回って、花を摘むの。そしたらそれで輪っかを作って、やぎの首にかけてやるわ。毎日毎日家事をして、それを退屈だなんて思ったりして、貧しい暮らしに不満をもらして。そして誰かと結ばれて、子供を産むのよ。それからしわだらけの年寄りになって、子供や孫に囲まれて死ぬの」
 そっとダーニャは、タムの肩に頭を乗せた。
「それが叶わないのは、私が一番よく知っているのだけど……」
 タムはダーニャに何の言葉もかけてやれなかった。どんなことを言っても、慰めにはならないのだ。ただこうして、黙って一緒に景色を眺めることしかできない。
「どこかへ行こうか?」
 長い沈黙を破ってタムは言った。考えがあって言ったことではない。ほとんど無意識に口をついてでてきたのだ。
「どこへ?」
 ダーニャが聞き返す。
「どこへ行ったって、同じなのに」
 また沈黙が落ちた。美しい彼女の横顔から感じ取れるのは、憂いだけだった。


 大急ぎで村へ戻ってみたところ、騒ぎにはなっていなかった。ばばもダーニャの外出には気づいていないようだ。サンディは退屈そうに草を食みながら、ダーニャの家の前に座っていた。
 家に戻るとダーニャは灯りをともした。外はまだ明るいが、家の中は灯りがなければ薄暗くて、相手の顔もよく見えないのだ。タムとサンディはまたダーニャの前に座った。
「願いを聞いてくれたお礼に、あなた方の未来のことを教えてあげましょう」
「死期のことなら結構だが」
 もしそれを知ってしまえば、自分には落ち着いた日々を過ごすことなどできないだろう。
「違うわよ。安心して」
 言ってダーニャは目を閉じた。
 未来を見ているのだろうか。それがどんな風に見えるのか、タムには想像がつかなかった。
 少しして、彼女は素早く目を開けた。暗く鋭い視線にタムはぎくりとしたが、サンディはまばたきもしなかった。
「これは、あなた達のどちらにも言えることだけど」とダーニャは前置きをした。
「再会が試練を与えるでしょう」
 それを聞いたサンディの表情に、ほんのわずかな変化が生じたのをタムは見逃さなかった。それが何の感情を表しているのかまではわからない。しかしもう一度彼の顔を見た時はいつもの無表情で、見間違いだったのかと思い直した。
「再会? 誰との再会だ?」
 タムは尋ねた。
「教えない」
 きっぱりとダーニャは言う。
「試練とはどんな試練だ?」
「教えない」
 これから先いくつかある中のひとつの再会が、大きな試練となる。それしか教えなかった。それがいつなのか、それすらも話さない。もっと詳しく教えてほしいと詰め寄るも、軽くいなされてしまった。
「あなたみたいな性格の人は特に、詳しく知らない方がいいのよ。そのことばかり気にしてしまうから」
 それはそうだが、とタムは頬杖をついた。もうすでに気になっている。ダーニャは「気にしない方がいいわ」と言うが、そんなことを聞いて気にするなというのは無理な話だ。
 詳細を教えられないのに話したのは何故だろう。心の準備をしておけということなのだろうか。いつどこで、何が起こるか、具体的なことはほとんどわからないというのに。
 タムは一旦このことを考えるのをやめにした。気になるが、考えても仕方がないからだ。
 ところで、腹が減ってきたようだ。今夜はどこで寝泊まりしよう。誰か家に泊めてくれる者がいるだろうか。
 そのことを口にすると、ダーニャは「いないでしょうね」と言い切った。



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