04


 ダーニャはタムの答えを待たなかった。
「駝鳥に追いかけられて、襟首をくわえられたことがあったわね。その前に駝鳥に会った時、自分が死ぬ場所がどこか知っておきたいとかわけのわからないことを言ったでしょう。闘技場で試合をした後、グティウスという男と何度か酒場に行ったわね。そこでみっともなく酔ったことは覚えてる? それから……」
「もういい、もう、結構」
 タムは話を遮った。思い出してみればそんなこともあった。あの時サンディはいなかったので、ダーニャに話して聞かせるのは不可能だ。
 とりあえず、ダーニャは普通とは違う、特別な力を持っているらしいと認めることにした。これ以上自分の情けない出来事を話されるのもたまらない。
「足の速い人がいれば、目の良い人もいる。それは能力でしょう。私は時に対して盲目じゃないだけ。いつだって力を特別にするのは力そのものじゃなくて、それを特別だと思う人の心よ」
 若い娘にしては小難しいことを言う。タムは一応神妙な顔をして「そうだな」と答えておいた。
「先のことがわかるなら、さぞ皆お前のところに集まってくるのだろうな」
 誰だって、自分の未来を知りたがるだろう。だが、ダーニャはそれを否定した。
「そうでもないのよ。先のことを聞きに来る人は滅多にいないわ」
「何故だろう」
「タム、あなた三日後に死ぬわよ」
 ダーニャがいきなりそう言うので、タムは目をむいた。
「そう言われたら、あなたどうする?」
 ダーニャが笑う。
 危うく本気にするところだったと、タムは冷や汗をかいた。
「悪い冗談はやめてくれよ」
「私はね、今まで十人の死を言い当てたことがある。今みたいに簡潔に、正直に答えた。彼らがそう望んだからよ。でもねタム、あなたなら余命がいくらか知って、楽しく生きられるかしら」
 どうだろう。余程強い精神力を持つ者でなければ、無理ではないだろうか。
 ダーニャの予言を聞いた十人の者達は、己の死期を知った時からその命尽きるまで、死にとり憑かれてしまったそうだ。
「だが、いつどうやって死ぬのかわかるなら、それを避けることもできるのではないか」
「あなたまだ勘違いしてる」
 ダーニャは髪をかきあげた。
「占いとは違うのよ。こればっかりは口で言ってもわからないでしょうけど、私には変わりようのない未来しか見えないの」
「お前なら、未来に抗うことができるだろう」
 悪い未来が見える道とは、別の道を選べばいいだけの話だ。簡単なことではないだろうか。
「私は時に抗わない」
「どうして」
「何人たりとも時に抗うことは許されていない。私が時に抗えば、その瞬間世界は崩れるでしょう。それが摂理だから」
 彼女の話すことを理解するのは難しかった。理解など、できないことなのかもしれない。
 彼女はどこか象に似た、淡々とした口調で話をする。しかしタムは感じ取った。その抑揚のない声の中に潜む、諦めと悲しみを。
 誰かが入り口に立った。
 タムが振り向くと、そこには腰の曲がった白髪の老婆が立っていた、ぎらつく大きな目でタム、サンディ、ダーニャと順番にねめつけていく。
「ダーニャ、あまり長く話をすると疲れますよ」
 尖った声で老婆は言う。それはタム達に向けられた言葉でもあった。早く話を切り上げろ、と言いたいらしい。
「わかってる。もう終わるわ」
 もう一度威嚇するかのようにタム達を睨むと、老婆は立ち去って行った。
「あれは、隣に住んでいるばば。私の世話をしてくれているのよ」
 ダーニャが言った。
 あまり人好きのする顔をした者ではなかった。誰に対しても敵意を持っているような目をしていた。
 優れた力を持つダーニャは当然、村ではよい暮らしをしているのかと思ったが、そうではないようだった。この家にしたってあまりに質素だ。
 彼女はほぼ毎日、ここで過ごしていると言う。輿に乗って外に出ることはあるそうだが、村の中を一周する程度で、それも滅多にない。世話係のばばにいつも見張られていて、気晴らしに外出しようにもこの足では家から出られるはずもない。
「気の毒にな」
 タムはそう言うしかなかった。
 それにしても、何故彼女に対する待遇はよくないのだろう。敬われているはずなのに。
「そう。私って、気の毒な女なのよ」
 ダーニャはわざとらしくため息をついて、頬に手をそえた。
「だからタム、気の毒な私の願いを聞いてくれないかしら」
「願い?」
 ダーニャは微笑んで頷いた。
「聞いてくれる?」
「どんな願いだ」
 弧を描く彼女に唇の間から、それ以上の言葉は出てこなかった。願いとやらの内容を先に喋る気はないようで、聞き入れるか聞き入れないか、タムはこの二択をせまられていた。
 まいったな、とタムは頭を掻いた。


 ダーニャの世話係である老女は、動物嫌いだという。昔野犬に噛まれて以来、動物に近づかなくなったそうだ。だから今頃はダーニャの様子を見に行くこともなく、家の中でじっとしていることだろう。象の姿に戻ったサンディが、ダーニャの家の周りをうろついているからだ。
「もう少し速く歩けないの? 夜になってしまうわ」
 ダーニャがタムの背中で文句を言った。
「背負ってもらって礼ひとつ言えないのか」
 タムは息を切らしていた。
 村の外で夕陽を見たい、これが彼女の願いだった。
 タムはダーニャを背負って森の中を歩いていた。夕陽を見るにはうってつけの場所があるのだと、ダーニャは言う。
 森の中ではあるが獣道のような道があり、迷わずに済みそうだった。ただ、少々険しい道だ。女とはいえ人を一人背負って歩くのは楽ではない。
「遅いわ」
 ダーニャからあの甘い香と同じ香りがした。
「文句を言うな。これでも急いでいる」
 ダーニャを連れだしたことが知れたら、怒られるくらいでは済まないだろう。さっさと戻らなければならない。
 タムはさっきから疑問に思っていた、村での彼女の扱いのことを口にした。ダーニャは「そうね」と言ったきり口を閉ざしていたが、やがて話し始めた。
「私は迫害されたことはないけど、心底愛されたこともない。皆、私の力に畏怖の念を抱いているんでしょう」
「村を出ようとは思わないのか」
 村は彼女の力を押さえこもうとする傾向があるようだ。別の場所なら、その力は必要とされることもあるのではないだろうか。大きな国で、巫女になるとか。そうすれば、今までより良い暮らしができる。
「私が村から出るようなことになれば、村人は私を殺すわ」
「まさか!」
 タムは驚いて立ち止まった。止まらないで、とダーニャに注意されて歩き出す。



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