若き予言者:01


 くすぐったい。
 柔らかく温もりのあるものが、タムの顔に触れていた。
 これは、何だろう。手のようだ。そうだ、人の手だ。
 そう思い目を開けると、そこには初めて見る子供の顔が五つあった。子供達は皆にんまり笑っていたが、タムが目覚めたのを見ると顔色を変え、大慌てで逃げ出した。
 ここはどこだろう。荷台の上ではないようだし、また長く眠っていたのかもしれない。切り株によりかかって眠っていたようだ。
 森の中だったが、人が往来するような道があった。鞄を背負い、立ち上がる。
「サンディ、いるのか」
 言って辺りを見回した。遠くに大きな影がある。その周りに小さな影が五つまとわりついていた。象のサンディと先程の子供達だ。
 サンディは子供達を連れて、こちらへ向かってきた。象の影が揺らいだかと思うと、もう人の姿に変わっている。子供達はサンディから離れると、楽しげにタムの横をかけぬけていった。
「お目覚めですか、タム」
 サンディは言ってから、タムの顔をまじまじと見た。
「どうかしたか」
「いえ、別に」
 サンディの話によると、この道をもう少し行けば村があるとのことだ。象など見たことがない子供達は珍しがって、サンディの元へ集まってくるらしい。
 タムとサンディは食べ物を求めて、村へと向かった。
 家が十数軒あるだけの、小さな村だ。
 サンディが一つの家に近づいて、中の者へ声をかける。赤子を抱いた女が出てきた。
 自分達は旅をしている者で、空腹であることを伝えると快く果物などの食べ物を分けてくれた。
 それは良かったのだが、その人がじっと自分の顔を見ているのが気になった。
 喉が乾いたと言うと、サンディは森の中の小川へとタムを案内した。村人が利用している川だ。小川の近くには男が一人立っている。そして、やはりタムの顔をじっと見つめて去って行った。
 タムは首を傾げた。私の顔に、何かついているのだろうか。
 どうもおかしい、と顔を触ってみた。そして手を見て驚いた。赤いものがついているのだ。血ではない。血よりももっと鮮やかな色だ。
 川の水に自分の顔を映してみる。そこには、誰の顔かわからぬほど赤や緑の何かが塗られた顔があった。
 当然タムは憤慨した。
「お前の仕業か」
「冗談でしょう。私はそんな子供じみたいたずらはしません」
 サンディでないなら、誰がやったというのだ。
 目覚めた時のことを思い出してみる。くすぐったいと思って目を開けると、目の前には子供達がいた。とすると、いたずらをしたのはあの子供達というわけか。
「いい加減にしろよ、サンディ」
 タムは酷く塗料を塗ったくられた顔でサンディを睨んだ。
「私がやったのではありません」
「それはわかってるよ。何故私の顔がいたずらされていることに気づいていながら教えなかったんだ」
「知っていると思ったのです。てっきり、あなたはその顔を気に入っているのかと」
 そんなわけがないだろう。
 怒るよりまず、顔を洗うことにした。塗られているものはなかなか落ちず、何度も顔を洗った。
「旅をしている方というのは、あなたですか」
 声をかけられて顔を上げてみると、若い男が一人立っていた。どこから来たのかとか、どうしてこの村へ来たのか、などということを彼は尋ねてきた。
 答えに困ると、サンディがタムの代わりに適当なことを言う。タムは嘘をつくのが下手だったが、従者は嘘でもなく本当のことでもなく、誤魔化して答えるのが上手かった。
 タムは暫しの間立ち話をした。
 タムがこの村はどんな村なのか尋ねると、豊かで良い村だと男が答えた。会話が途切れたところで、男は思い出したように「ああ、そうだ」と声をあげた。
 だがその台詞はどこか不自然だった。わざとらしいのだ。今思い出したというより、さっきから言おうと決めていたかのように聞こえた。
「我が村の占い師に会ってみてはいかがですか」と男。
 どうやらそれを勧めるのが目的で、最初から声をかけてきたらしい。占いになど興味がなかったタムはやんわり断ったが、男は強引にその占い師の元へと二人を連れて行った。
 そこにはタムの背くらいの、藁でできた小屋――小屋と呼ぶにはあまりに質素だが――があった。この中に占い師がいるそうだ。
「お二人とも占ってもらいましょうか」
 男は言った。
「私は結構です」
 即座にサンディが一歩退く。
 これは、何かある。
 直感だった。この象は何かを知っていて、だから断るのだ。私もきっぱりと断ろう。
 しかし最早手遅れだった。
 藁の小屋から出てきたのは、年老いた男だった。禿げた頭に布を巻き、そこに色とりどりの鳥の羽根をたくさんさしている。顔や体には、タムの顔に塗られていたのと似たような色のもので模様が描かれていた。
 裸に腰みのをつけたその老人は仁王立ちで、ぎょろりとした目でタムを見た。
 まともそうな人間ではない。
 タムはそう思った。それは、格好のことではなかった。
 占い師だとか祈祷師だとか、何らかの儀式を行う者というのは大体風変わりな格好をしているものだ。だからどれほどおかしな格好をしていようと、ひと目見てまともそうでないとは思わない。
 彼はとにかく、表情や目つきがまともではなかったのだ。目を見開いて歯を食いしばり、今にもこちらへ飛びかかってきそうなのである。恐怖を覚えずにはいられなかった。
 若い男の方は一礼してそそくさと立ち去り、サンディはというといつの間にか何歩も後ろへ下がっていた。
 老人はものすごい形相でにじりよってくる。
 逃げよう。話が通じそうにもない。走ってこの場から逃げるべきだ。タムが右足を引いた瞬間、老人はタムの腕をつかんだ。
「若者よ、占ってしんぜよう」
 観念するしかないようだった。
 わかりきっていたことではあるが、サンディが助け舟を出す様子は見られなかった。薄情な従者が見守る中、儀式は始まった。
 タムは正座をさせられ、目の前で老人が葉のついた枝を振り回す。枝は何度もタムの顔に当たった。避けたいのは山々だったが、絶対に動くなと事前に釘をさされている。
 枝を振り回すのに満足したらしい老人は、次に踊りながら呪文を唱えだした。手を動かし腰を振り、激しく頭を揺らしている。
 意味不明の呪文だった。タムにわからない言葉はあるはずもないので、その呪文は特に意味もない、出鱈目なものなのだろう。
 両手に花を持つと、踊りは激しさを増した。頭部に飾られていた羽根は次々に落ち、手に持った花も散っていく。タムは口を開けて唖然とするしかなかった。動くなと言われたものの、無意識のうちに体がのけぞっている。
 老いた体でよくもまあ、これほど動けるものだ。
 しばらくして奇天烈な踊りは終了し、息を切らした老人は小屋の中へと入っていった。これで占いは終わりだろうか。
 老人は器を持って、すぐに出てきた。水でも入っているのか、それを口に含む。動いて喉でも渇いたのだろうか。



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