02


「昔、遊牧の民は夜空を見上げ、星と星を結んで人や動物を描きました。僕はよく、祖母から星の物語を聞いていました」
 先ほどとはうって変わり、明るい表情だ。本当に星が好きなのだろう。
「町には星座に関する本がたくさんあるんですよ。僕も一冊、持っています」
 羊飼いは鞄から、大事そうに布で包まれたものを取り出した。本だった。古びているが立派なものだ。羊皮紙を束ねて作られたその本を、タムは羊飼いから受け取った。表紙には「星の詩」と書かれている。中を見ると、挿絵もあった。
「星の詩、か」
「読めるんですか」
 羊飼いが身を乗り出す。
「お前は読めないのか」
「僕は、字を習いませんでしたから」
 町でも、読み書きが出来る者はそういないそうだ。貧しい者は特に、字を習う余裕がない。羊飼いの家も決して裕福ではなかった。
 タムは羊飼いに、本を読んでくれとせがまれた。
「初めに書かれているのは、南の鳥と北の猫の話だな」
 大昔、一羽の鳥と一匹の猫が住んでいたという。鳥と猫は仲が悪く、互いに顔をあわさぬよう、南と北に昇って星になった。これが最初の星座とされている。北の猫は体が大きく、賢者を背に乗せて夜空を駆けているそうだ。
 その賢者も北の空にいて、どこかに置き忘れた左耳と右目を探している。賢者は耳と目が欠けた状態だと、正しく聞き、正しく見ることが出来ないのだ。
 賢者の右目は東の空にあるのだが、左耳の方は南の空にあり、例の鳥が隠し持っている。鳥は悪さをするのが好きで、不思議な力が宿る己の羽を使い、様々な騒ぎを起こすのだった。
「ああ、僕、鳥の羽の話は知っています。祖母から南の空の羽乙女の話を聞きましたから。南の鳥に羽を与えられたのです」
 羊飼いが得意げに言う。次の頁を見ると、そのようなことが書いてあった。
「知っているなら、ここは読まなくてもいいだろうな」
「読んで下さいよ。何度でも、聞きたいんです」
 余程好きなようだな。タムは羽乙女の頁を読み始めた。
 ある村に、一人の美しい娘がいた。母は娘の美しさを自慢し、利用しようとしていた。娘はそんな母を嫌い、二人はしばしば言い争っていた。娘の村は、親に逆らってはいけないというしきたりがあった。母に口ごたえする娘は、村の者から陰口をたたかれるようになった。恋人も彼女から離れていった。
 嫁いでいない女は、村から出ることを許されてはいない。娘は居場所のない村の中で、毎日寂しく暮らしていた。
 そんな娘の夢は、羽を授かることだった。羽を手に入れれば、煩わしい全てのことから解放され、鳥のように自由になることができるだろうと思った。娘は毎日、南の星に祈りを捧げた。母は信用出来ない。友人も、恋人もいない。村に未練はなかった。今すぐにでも、ここから飛び立ちたい。そう祈った。
 娘が星に祈るようになってちょうど一年経った夜。南の星が強く瞬き、娘の前に一羽の鳥が舞い降りた。鳥が羽で娘に触れると、娘の背から羽が生えてきた。そして娘は村を捨て、空へ飛び立ったとされている。
「良かったじゃないか」
 読み終えて、タムは独り言を言った。
「続きがありますよ」と羊飼い。
 娘は羽を得た代償に、世にも醜い姿になってしまったらしい。村を出たはいいが、その後はどこに行ってもその見目のせいでまともな扱いを受けなかったと書かれている。
「酷いな」
 タムは呟いた。お伽話などは大抵、教訓が隠されている。これもその類だろうか。親や村を捨てた娘が悪かったと言うのか。
「あんまりではないか。結局、娘は幸せになれないんだな」
「人生はそんなものですよ」
 羊飼いが知ったような口をきく。自分より若そうな彼がそんなことを言うので、タムは思わず苦笑した。「もういいか」と本を閉じようとするが、羊飼いは「もう少し、いいじゃないですか」とせっついた。
 次は勇士コルクスの話だ。
 ある国に、屈強の男、勇士コルクスが住んでいた。コルクスは強かった。百の鬼の首をもぎ、千の竜の体を引きちぎり、万の大木を引き抜くことができたとされている。
「その鬼や竜は何か悪いことをしたのか。勇士コルクスは、何故大木を引き抜かなければならなかったんだ」
 タムは疑問を口にした。コルクスはただの乱暴者ではないだろうか。
「そんなこと、気にしていても仕方がないですよ。コルクスはそれだけ強かったということでしょう」羊飼いが笑う。
 自分より強い者を探して世界を回っていたコルクスは、ある町で一人の女を好きになった。それからはその町にとどまり、女と暮らすようになった。
 ある日町に、巨大な毒蛇が現れた。コルクスは襲われそうになった恋人を庇い、蛇に噛まれて死んでしまった。それまでは己の為に戦っていたコルクスの行いを称え、北の賢者は彼を西の空にあげて星にしたという。
 その毒蛇は勇士コルクスを殺した後南の鳥に食われ、星になった。
 コルクスと毒蛇の他にも、たくさんの話があった。大体の話に、鳥が絡んでくる。
 本を読んでいるうちに、外は暗くなっていた。静かだと思い振り向いてみると、サンディは壁にもたれて眠っていた。
「鳥に敵う者は、猫の他にいないんでしょうか」
 羊飼いが言う。どの話でも鳥は絶対的な力を持ち、鳥を負かす者は現れない。同等の力を持っているように見える猫ですら、手を焼いているそうだ。
「待てよ、ここに書いてある」
 タムは頁をめくる手を止めた。
 北の空にある種子の話だ。その昔、賢者は畑で作物を育てていたのだが、片っ端から鳥に食べられてしまうので困り果てていた。しかし混沌から生まれた一つの種子を畑にまいてみたところ一輪の花が咲き、その花を嫌って鳥は畑に近づかなくなった。
 花は枯れてしまったがまた一つ種子を残している。目と耳が欠けた賢者はもう花を咲かすことが出来ないそうで、種子は北の空で星になり、花を咲かすことが出来る者を待っているという。
「僕の町では、白い花の種が魔除けに使われるんです。乾燥させた種を身につけると、災いを避けられると言われています」と羊飼い。
 それはおそらく、この星の話が元になっているのだろう。星座の物語というのは、なかなか面白いものだとタムは思った。初めは興味もなく読んでいたが、そのうち引き込まれていった。日が暮れるのも気付かなかったほどだ。
「タムさんは、どこかで字を習ったんですか」
「いいや、習わない。しかし私はどんな国の言葉でも、話し、読み、書くことが出来る」
 羊飼いが目を丸くする。驚きと尊敬がこもった眼差しだ。
「すごいですね。でも、どうして」
 上手く説明することは難しいが、タムはとにかく、言葉が好きだった。言語を愛し、尊んでいる。その文字に伝えようという意思や残そうという気持ちがあれば、タムは理解することが出来るのだ。
「羨ましいです。僕は読み書きなんて必要のないことだと、両親に言われてしまいました。文字が読めたら多くの知識を吸収出来るし、文字が書けたら多くのことを残すことが出来るのに」
 羊飼いは愛おしげに本に書かれた文字を指でなぞった。タムはものも言わずに頷いた。
「この本を僕は読めないけれど、こうして手元にあるだけで嬉しいんです」
 本をしまうと羊飼いは荷物から糧食の肉を出した。それを焼き、タムに渡す。サンディは起こさなかった。自分だけ食事をとるのは申し訳ない気もしたが、サンディは肉を食べないのだ。



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