07


「根の深い問題のようだな。だが神官も戦士も国を支えていた者同士だろう。どうして互いを認め合うことが出来ないのだろうな」
「そういうものなんですよ。人のよいあなたにはわからないと思いますがね」
 刻一刻と時間は過ぎていく。あちらの村に放った間諜の情報によると、決行は夕刻らしい。万が一にも遅れたら困ると、二人は早めに家を出ることにした。
「怒っているのかサンディ」
 タムは並んで歩く従者の顔色をうかがった。サンディはこちらに目もくれず答える。
「いいえ、怒ってなどいませんよ」
 やはり怒っているかもしれない、とタムは思った。
 昨夜長老の家を出てからのことだ。ウドイと別れた後、タムはサンディにこう言った。
「象を鎮めることは出来るか」
 それを聞いたサンディが軽くため息をついた。「そういうことだろうと思いましたよ。あなたに暴れる象を止められるはずがありませんからね」
 彼の言うように、どう考えてもタムには無理だった。それだけの知識も力もない。しかし同じ象であるサンディになら可能ではないかと考えたのだ。サンディは可能か不可能かについての言明は避け、ただ「やってみます」と答えた。
 申し訳ないとは思っている。自分には出来ないことを引き受けてしまったのだから。安請け合いと言われても仕方がない。
 村の端まで来ると、サンディは朽ちた壁に腰をかけた。負い目もあり、黙っているのは気まずいと思ったタムはサンディに話しかけた。
「ルシュニスから聞いたよ。蛇の狩りは夜に行わないそうだな。それなのにウドイはどうして夜に出かけたんだろうな」
 サンディは言葉を返さなかった。
「お前は石取り遊びが上手いから、子供たちに尊敬されているらしいぞ」
 これにも黙ったままだ。何を言っても無駄だと悟り、タムも口を閉ざして腰を下ろした。
「タム、考えていたのですが……」
 サンディは言いかけて顔を上げた。人影が近づいてくる。ルシュニスだ。
 東の村がこちらへ奇襲を仕掛けることは、混乱を避ける為一部の者しか知らされていない。ルシュニスはどうやら誰かに事情を聞いたのか、緊張した面持ちだ。
「タム殿、大丈夫なのですか。一人で象を狩るなど、熟練の狩人にも無理なことです」
 いつの間にかタムが象を狩ることになっているらしい。
「いや、ルシュニス。私は象は狩りませんよ。このサンディに任せているのです」
 ルシュニスはサンディと初対面だったようで、軽く会釈をした。
「それではあなたが象を狩るんですか」
「いいえ」
 サンディはきっぱりと否定した。
「とにかく、象を止める方法があるんですよ。任せて下さい」タムが言った。
 ルシュニスも腰を下ろす。
 それにしても引き受けたはいいが、失敗した時のことは考えていなかった。もしも象がこの村にやって来て、犠牲者が出るようなことがあったら。
 何もしないでいると、悪いことを考えてしまう。タムは本を開いた。

 ――対立した二つの村がある。私は片方の村で世話になっているわけだが、正直どちらの村が正しいのかはわからない。考えても、答えは出ないのだろう。それにしても、暑い――

 ウドイや長老、数人の老人も集まって来た。もうすぐ辺りは夕陽に染まるだろう。昼間とは違う涼しげな風が、夜が迫っていることを告げていた。
 サンディが壁の向こうへ降り立った。タムが呼び止める。
「象と象は話が通じるのだろう?」
 タムは、サンディが象を説得してくれることを期待していた。
「はい。言葉は通じます。しかし、話が通じるとは限りません。人とて変わりないでしょう」
 それもそうだ。言葉が通じても、分かり合えないことがある。わからずやを説得するのは難しいことだ。ひょっとすると自分は酷な頼みごとをしてしまったのではないか。主人の頼みを簡単に断ることは出来ない。村の命運がサンディにかかっていると言ってもいい。無神経そうな顔をしているが、ああ見えて案外悩んでいるかもしれない。
「平気かサンディ。私も行こうか」
 責任を感じてタムは言った。サンディは表情のない顔で振り向き、即座に答えた。
「邪魔なので結構です。象に踏みつぶされますよ」
 あんまりな言い草だ。だが言い返すこともなく、タムはサンディを見送った。サンディが小指くらいの大きさに見え、豆粒のような大きさに見え、ついには見えなくなってしまった。
「サンディ殿は大丈夫でしょうか」
 隣でルシュニスが呟く。
「大丈夫ですよ」
 タムは自分に言い聞かせるように言った。
 しばらく経っても、サンディは帰ってこなかった。象の姿も見えない。タムは気を揉んだ。
 何をしているのだろう。何かあったのだろうか。何があったと言うんだ。
「すいません。様子を見てきます」
 痺れを切らしたタムはかけ出した。誰かが呼び止めたような気がするが、構わなかった。
 始めは走っていたが体力がないのですぐに息が切れ、立ち止まってしまった。痛む脇腹を押さえ、また走りだし、立ち止まる。この繰り返しだ。サンディや象の姿はまだ見えない。
「サンディ! サンディ!」
 名を呼ぶが、返事はなかった。今更になって後悔の念が胸に押し寄せてきた。自分が引き受けたのだから、押しつけるべきではなかったかもしれない。だがしかし、自分に出来ることがあっただろうか。何も出来ずに踏みつぶされるところしか思い浮かばない。
 その時やっと、二頭の象の姿が見えてきた。象のそばにはサンディが立っていた。
「おいサンディ、サンディ!」
 タムが叫ぶと、それに気付いたサンディが小走りでやってきた。
「何をしに来たんです? 大声を出さないで下さい。象が驚くじゃないですか」
 心配して駆け付けたというのに、文句を言われてしまった。ともあれ、説得には成功したらしい。どちらも大きな象だ。村が襲われれば多大な被害が出ただろう。この後象をどうするかということで、サンディが相談を持ちかけてきた。
「どちらの村にも行かず、自由の身になり遠くへ行くことを勧めてはどうだ」とタムは提案した。
 サンディが象の鼻に軽く触れ、聞き取れないような短い言葉を口にした。二頭の象はおとなしく向きを変え、南の方角へ歩きだす。
「あの一言で通じるのか」
 人の言葉は全て解すタムだが、動物の言葉はわからなかった。
「動物の言葉は声に出すものだけではありません。視線や仕草も言葉の一つですから」
 二人はすぐに戻り、成功を長老達に伝えた。皆は喜び、すぐに宴が開かれることになった。事情を知らない者達も加わり、村全体が騒ぎになった。ある老人は「これは勝利の宴だ」と喜んでいた。卑怯な手をつかい攻めてきた西の村。その作戦を見事に封じたのだ。事情を知る者は勝利に酔いしれていた。
 タムはというと、喜ぶような余裕はなく、ただただ何の犠牲も出なかったことに安心するだけだった。
「あまり嬉しそうな顔をしていませんね」
 宴の席で、サンディがタムに言った。サンディは村人から貰った野菜をかじっている。本来は火を通すなどして食べるものなのだが、皮もむかずにそのまま食べていた。
「疲れたんだよ。私は何もしていないし、もう宴はたくさんだ」
「それなら神殿に行ってみましょうか。あそこには神文字が残されているようです。四素人が書いたとされる他の文字があるようですよ」
 静かな場所ならどこでも良かった。それに、文字には興味がある。
 二人は宴を抜け出し、神殿へと向かった。神殿の周りは誰も住んでいないこともあってか、特に静かだった。普段、ここに寄りつく者は少ないと言う。そうだろう、とタムは神殿を見上げた。近寄りがたい雰囲気がある。



[*前] | [次#]
しおりを挟む
- 15/59 -

戻る

[TOP]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -