06


「長老!」
 突然男が一人、部屋に飛び込んできた。若い男だ。急いで走ってきたようで、息を切らせている。
「何事だ」
 長老は不機嫌そうに言った。
「見てわからないか。今は客人と……」
 ウドイの言葉を男が遮る。
「あちらの村で動きがあったようなんです。様子を探っていた彼が帰ってきました」
 長老とウドイの顔色が変わる。ただごとではない雰囲気だった。男はそれだけ言うと外に出て行く。ウドイも立ち上がった。
「タム殿。申し訳ありませんが急な用が出来てしまいました」
「どうかしたんですか」
「実は……」
 ウドイが言いかけたところで、あの若い男が別の男を連れて戻ってきた。細身であごのとがった男で、疲労困憊した様子だ。肩をかつがれている。
「水はないか」と長老。
「これでよければ」
 すかさずタムは自分の酒を差し出した。男は酒を飲むと、ため息をついた。そして床に手をつき、長老に一礼する。
「動きがあったそうだな」
 長老が静かに言った。
 この場にいていいものだろうか、とタムは悩んだ。長老とウドイは、もうタムのことなど眼中にないようだ。部屋から出ようか出まいかまごついている間に、男は話し始めた。
「東の村の奴らは、奇襲を仕掛けるつもりです」
「何だと? 奴ら、ついにやる気か。して、どのような方法だ」
「象を使うのです」
 象、と聞いてタムは振り返ったが、後ろにいたはずのサンディはウドイの皿の葉を食べているところだった。
「象を用意しています。その象をこちらの村で暴れさせるのです」
 男が説明する。タムはサンディの肩を叩いた。
「象が暴れるとどうなる。大変なことになるのか」
「あなたも想像力のない人ですね。大変なことになるに決まっているじゃないですか。象に踏まれれば人は死んでしまいます。暴れた象を鎮めるのは至難の業です」
 象が言うなら、確かだろう。サンディは興味がないような顔をしながら、一応話を聞いているらしい。
 長老とウドイが話しこんでいると、七人の老人が部屋に入ってきた。そういえばルシュニスが、この村は重要なことを決める時は年長者が集まるのだと言っていた。タムとサンディは壁際に立った。この場にいることを咎める者はいない。と言うより、気がつかないのだろう。事情を聞いた老人達は沈黙した。
「戦うべき時がきたのではないか? 長老」
 老人の一人が言う。
「そう焦るな」
 長老はため息をついた。
「今後のことは今後考えればいい。それより明日、どうするかだ」
 灯りを囲む老人達の表情は厳しい。ウドイは発言権がないようで、後ろに下がって話を聞いていた。七人の老人がそれぞれ意見を述べる。
「皆の安全を考えれば、避難するべきだ」
「象を殺せばいい」
「暴れた象など、殺せるものか」
「やはり逃げるべきか」
「そんなみっともないことは出来ない」
「奴らの思い通りになってしまう」
「それならば、どうする?」
 意見はまとまらなかった。長老は黙って目をつぶっている。
 二つの村は睨み合いながら長きに渡り均衡を保ってきた。それは、些細なことで崩れてしまうものだ。退くことはあってはならない。だからと言って、犠牲が出るのを覚悟で立ち向かうことにも迷いがあるのだろう。皆が沈黙した。
 その沈黙を破ったのは、「すみません」というタムの声だった。老人達は初めてタムの存在に気付いたようで、驚いている。長老がタムのことを紹介した。神文字を読めるということを聞くと、老人達の表情がわずかに緩む。
「どうかなされましたか、タム殿」
 神文字が読めると言ってもタムは余所者だ。村の者であってもタムの歳なら、本来この場に居合わせることは許されない。威圧感があった。
「私に任せてもらえないでしょうか」
「どういうことですか」
「象のことは私に任せていただきたいのです。お許しをいただければの話ですが」
 長老は目を細くしてタムを見た。
「あなたが象を仕留めるとでも?」
 疑心を抱いているようだ。無理もない。タムは見た目からして、鳥を仕留めることすら難しそうなのだ。こんな場でなければ、誰かが笑うかもしれない。
「いいえ。私が象を止めてみせましょう」
「何故あなたがそんなことをなさるのですか」
 老人の一人が言った。
「手厚くもてなされたことに、私は深く感謝しています。御恩を返したいと思っていたのです」この言葉に偽りはなかった。タムは本当に彼らに感謝していた。
 誰も何も言おうとしない。全てを長老に委ねているようだ。結局、決定権は彼にあるのだ。たっぷりと間を置き、長老は念を押すように言った。
「本当に象を止められるのですね」
 タムはゆっくりと深く、頷いた。


「我が主タムに、一言忠告しておきます」
 サンディが珍しく丁寧に、そんなことを言い出した。
「安請け合いがお好きなようですが、それではいずれ身を滅ぼしますよ」
 タムは反論しなかった。彼の言うこともよくわかる。
 陽はまた中天に昇っていて、タムとサンディは部屋にこもっていた。サンディは感情を顔に表さないので気持ちを知ることが難しいのだが、その態度からどことなく不満に思っていることは伝わってくる。
「しかし気の毒じゃないか。村人もそうだが、象だって殺されてしまうところだったかもしれないんだぞ。力になりたいと思ったんだ」
「そうですか」
 お前の同胞である象を救う為でもある、という意味をこめて言ったのだが、サンディの反応はいまいちだ。
「ところで昨日の話だが、神文字を読める者は高貴でないと困るのだと言ったな。どういうことだ」
 サンディは窓の側に立って、外を見た。
「ウルトメテアという国には、様々な仕事に就いている者がいました。今ある二つの村にはそれぞれ、宮廷で働いていたある者達の子孫が集まっているのです」
「ある者達?」
「はい。神官と戦士です」
 神官達と戦士達はそれぞれを疎ましく思うことが多かったと言う。戦士から見れば神官はやかましく頭でっかちな存在で、神官から見れば戦士は学がなく野蛮な存在だった。
「もうおわかりかと思いますが、神官の血筋の者が集まったのがこちらの西の村、戦士の血筋の者はあちらの東の村に集まっています」
 神に仕える神官は、神文字を読むことが出来た。神文字を読めることが神官の血が通っている証拠であり、高貴な者の証拠なのだ。ああもしつこく高貴な身分の方、と言ってきたのは、そういうわけだったのか。タムは理解した。あのように言うことで、自分達を称えていたのだ。



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