05


「タム殿ではないですか」
 声をかけてきたのは青年だった。知らぬ顔だと思ったが、よく見てみれば昨晩レユーサの隣に座っていた彼だ。体つきは逞しく、真っ直ぐな目をしている。レユーサと恋仲にある、との話を思い出し、タムは姿勢を正した。名を知っているのは、レユーサか誰かから聞いたのだろう。
「ルシュニスと申します」
 ルシュニスが差し出した手を、タムが握り返す。
「お連れの方はいらっしゃらないんですね。なんでも、石取り遊びがお上手だそうで。子供たちが噂をしていましたよ」
 曖昧に笑ってタムは頷いた。ネズミを追いかけていた子供たちがルシュニスに気付き、手を振る。彼は子供たちからも好かれているようだ。
「どうですかタム殿、この村は」
「暑いですね」
 タムが答えると、ルシュニスは笑った。タムが退屈していると思ってか、ルシュニスは村のことを話して聞かせた。タムの知りたかった大昔のことではなく、ここ最近の村の話だ。
 その話しぶりに、人柄の良さが表れていた。相手が不快になるようなことは言うことがない。真面目で誠実。噂通りの青年だった。タムはいつしか背を丸めていた。
 美しいレユーサと、容姿も性格も優れているルシュニス。誠によくつりあった二人だ。
「ウドイは知っているんですか」
 タムの質問に、ルシュニスは首を傾げた。
「何をですか」
「村の人に、あなたとレユーサのことを聞いたんです」
 ルシュニスが頭を掻く。
「そうですか。ええ、知っています。ウドイにはよくしてもらっています。私に、息子のように接してくれるんです」
 すでに家族も同然の仲だと言う。ルシュニスにはもう親がいないそうだ。その話になると、彼は顔を曇らせ詳しく話そうとはしなかった。
 子供たちがやってきて、例の遊びに誘ってきた。ルシュニスに石を渡されそうになったタムだったが、参加は断固拒否した。ルシュニスと共に遊びに加われば、どうなるかは予想がつく。案の定ルシュニスは石を取るのが上手く、それを見たタムは参加しなくてよかったと心底から思った。昨日のような惨めな気持ちになるのはたくさんだ。ルシュニスを慕う子供たちは、上手く石を取るこつを彼から教わっていた。
「タム殿もやりませんか」
「いえ、いいです。私はいいです」
 タムはそこで、昨日のあることを思い出した。
「ルシュニス、聞いてもいいだろうか。この村では蛇を食べることは普通のことですか」
「そうですね。蛇の肉は貴重な栄養源です」
 それならば何が妙なのか。確かに夜、サンディは蛇のことが妙だと言った。
「それではよく、夜に狩りへ出かけるんですね」
「はい、大勢では行きません」
 しかし、とルシュニスは続けた。
「蛇を狩るのに、夜は出て行きませんよ」
「そうなんですか」
「狩りは明るいうちに行います。暗い中で蛇を探すのは骨が折れますし、こちらに不利なことばかりですから」
 そうすると、サンディはあの時間に狩りをすることを妙だと言ったのだろうか。ルシュニスの言うことが本当なら、確かに妙だ。ウドイは何故夜に出て行ったのか。
「タムじゃありませんか」
 大量の堅果を抱えたサンディがやって来た。あまりにも多く、顔がほとんど隠れている。堅果の隙間から目がのぞいていた。これらのものは村人から分けてもらったものだと言う。明らかに人間一人の食べる量ではなかった。
「タム、運ぶのを手伝ってもらえますか」
 返事を待たずサンディは半分をタムに持たせた。
「やあ、こんなにたくさん。誰が食べるんですか」
 ルシュニスが目を丸くする。
「タムです」とサンディ。
「馬鹿を言うな。私はお前と違って大食漢じゃないんだよ」
 そう言うのと同時に、タムの腹が鳴った。


 夜になると、タムとサンディはウドイに呼ばれ長老の家へ向かうことになった。頭は禿げ、髭をたくわえた老人が出迎える。この老人こそが長老だった。タムが想像していたほど厳めしい人物ではなかった。あまり表情が変わらないが、話してみると気さくな人物だとわかる。
 この厳しい土地で長く生き抜いた彼の顔には、深いしわが刻まれていた。そのしわが、彼の生きた分を表す年輪のようにも見えた。
 タムの願いは届くことなく、蛇の肉と不味い酒が振舞われた。蛇を輪切りにしたものが目の前に並んだ時、タムは暫し絶句した。それはどう見ても蛇の肉で、気味が悪いのだ。サンディの前にも並んだが、当然のようにそれをタムの方へ押しやる。自分はその下に敷かれている、大きな葉だけを食べていた。
 口をつけないわけにもいかず、タムは前歯でほんの少し肉をかじった。独特の弾力があり、鳥肌が立つ。生臭いが味は悪くはなかった。しかし蛇であることは間違いないので、食は進まなかった。同席しているウドイはもう二枚目を食べている。
「タム殿は神文字が読めるそうですな」
 長老が言った。酒を口に含んだまま固まっていたタムは、思わずそれを飲み込んだ。
「そのお話ですが、ウドイにも言いましたが、私は高貴な者というわけではありませんよ」
「ご謙遜をなさらず、タム殿」
 長老とウドイが笑う。どうしてこの話になると誰もかれもこちらの言うことには耳を貸そうとしないのか。タム殿は謙虚な方だ、と長老とウドイが言い合う間、サンディがそっと耳打ちをした。
「彼らは、神文字が読める者は高貴でないと困るのですよ」
 どういうことだと聞き返そうとしたが、二人がもうタムの方へ向き直っているので無理だった。
「どうかなさいましたか」
 灯りに照らされて暗闇に浮かんだ長老の表情にはどこか気迫があり、タムは息をのんだ。
「いいえ。ところで、その、お聞きしたいことがあるんですが」
「何ですかな」
「この近くには、この村の他に別の村があるのでしょうか」
 実は昨日から気になっていたのだ。村人が「あちらの村」とか何とか言っていた。長老とウドイが顔を見合わせる。まずいことを聞いただろうか。タムがサンディの方をうかがうと、サンディはもの欲しそうな顔でウドイの皿に敷かれた葉を見ていた。
「タム殿は、ここに昔、国があったことをご存知ですか」
「はい、聞きました」
 大昔、この近くにはヨーモソーロと呼ばれる大きな川があった。その側に住む農耕の民と、東の草原からやってきた遊牧の民が融合した。それが国の始まりだった。川の側の肥えた土で植物を栽培し、家畜を飼い、他の村落との交易などで国は徐々に栄えていった。しかし日照りが続き、川は干上がった。民は国を離れていった。
「残った民は分裂したのです。そんな時、古の泉が現れました」
 民は泉をはさんで東と西に分かれ、村を作った。こちらが西の村で、もう一方が東の村だ。二つの村は泉を奪い合っている。
 それでか、とタムは納得した。初めウドイがタムに矢を向けたのは、東の村の者だと思ったからなのだ。
「あちらの者はとにかく野蛮です」
 長老が言う。争いは長く続いているらしかった。タムは話を聞きながら、頭の片隅ではどうにかしてこの酒を飲まずに済ますことは出来ないかと考えていた。



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