04


「村人からです」
 二人はウドイも認めている仲で、ゆくゆくは夫婦となるのでは、と周囲の者に囁かれていた。レユーサは快活で器量よし、相手の青年も真面目で誠実ときていて、評判の二人だった。
「衝撃を受けていますね」
 サンディが言うので、タムは笑った。
「お前がか。レユーサに好意を寄せていたのか」
「いいえ、私は象ですからね。人に恋慕の情を抱くことはありません。私が言っているのは、タムのことですよ」
「馬鹿な」
 驚いて、酒の器を取り落としそうになった。
「確かにレユーサはよい娘だが、私は別に……」
 必死で弁解しようとしている自分に腹が立ち、残りの酒をあおった。サンディが空になった器を受け取る。
「もう一杯もらってきましょう」
「いいか、よく聞け。私は別に……」
「はい、はい」
 サンディは立ち上がった。「別に好意を寄せているわけではないのでしょう。わかりましたから」
 タムは深く息を吸い込み、吐いた。あの象はやけに癪に障るような言い方をする。光の人ルトはサンディのことを気の優しい良い子だと言っていたが、そうは思えなかった。大分酔いが回ってきた。
 干し肉をかじっていたタムは、隣で二人の男が声をひそめて話しているのを聞いた。はっきりとは聞こえないが、「あちらの村は」だとか「泉は我々のもの」などと言っている。この近くに、ほかにも村があるのだろうか。
 酒を持ったサンディが戻ってきた。
「タム、お持ちしました」
「もう酒はいいから水をもらってきてくれないか。気分がよくないんだ」
「ここでは水が貴重なので、もらえるかどうか……。ああ、昼間の酒ならたくさんあるそうですが」
 吐き気をもよおしたタムは、口に手を当てた。


 深夜だった。
 あれから家に戻ったタムは、レユーサに水を一杯もらい、床についた。少し経って何かの気配を感じ、目が覚めたのだ。家の前を誰かが通ったようだった。起き上がり入り口から外をのぞいてみると、どこかへ向かうウドイの後ろ姿があった。こんな夜更けに、一体どこへ行くというのか。
 気になったタムは彼の後を追うことにした。何故だか同じ部屋で寝ていたはずのサンディの姿がない。仕方がないので独りで行くことに決めた。もしもの時を考えると、丸腰では不安だ。部屋を探すと弓があったので、それを持って外に出た。
 一定の距離を保ちながら、ウドイを追跡する。彼は周りに注意を払うこともなく、ただ前を見て歩いていた。どうやら村の外に出ていくようだ。空には半月が浮かび、その光のおかげで彼の姿は見失わずに済んだ。
 サンディの奴はどこに行ってしまったのだろう。そんなことを考えていたタムは、ふとウドイから目を離した。すると強い風が吹き、空を流れる雲が月の姿を隠してしまった。周囲が暗くなる。目を離したのは一瞬のことだったのだが、もうどこにもウドイの姿はなく、彼を見失ってしまった。
 どうしよう。ウドイを捜すか、このまま帰るか。帰ってもいいのだが、どうもウドイの行動が気になった。遠くから獣の吠える声が聞こえる。急速に、ウドイを捜そうという意欲がしぼんでいった。代わりに膨れ上がっていくのは恐怖心だ。
 ここには人を食らうような恐ろしい獣がいるかもしれない。いるという話は聞いていないが、いないという話も聞いていない。帰ろう。そうだ、帰った方がいい。他人の行動を探ろうとするなど、失礼なことだ。今更だがそう思い、タムは歩き出した。速足が駆け足になっていく。何かが追いかけてきているような気がして、何度も辺りを見回した。
 また、獣の声が聞こえる。先程より近い。恐怖から混乱状態に陥っていたタムは、どこに向かっているかもわからずとにかく走り続けていた。と、足元にあった大きな石に躓き、倒れる。大きな鳴き声と共に、正体不明の生き物がタムの横を通り過ぎた。身の毛もよだつ鳴き声だった。
 タムは震える手で弓を持ち直し、そこで重大な事実に気がついた。
「何ということだ。矢を忘れた!」
 我ながら、間が抜けている。何かの気配を察知したタムは、座ったまま目をつぶり、弓を滅茶苦茶に振り回した。
「何をしているんですか」
 その声に、タムは手を止めた。目の前が明るいようだ。
「何をしているんですか、タム」
 覚えのある、冷たい声が繰り返す。目を開けてみると松明を持ったサンディがそこに立っていた。
「お前こそ、何をしている」
「私は食べ物をさがしに出かけていたんです。草をさがしていました。人と同じ量では、私の腹は満たされないのです。それで、もう一度聞きますが、あなたは何をしていたんですか」
 象はよくものを食べると言うから、サンディもそうなのだろう。タムは服についた土をはらって、立ち上がった。
「ウドイが家から出て行くのを見たんだ。不審だと思い、後をつけた」
「不審ではありませんよ。私はあなたが寝ている間に、彼と話をしました。夜は狩りに出かけると言っていましたよ。蛇を狩るそうです。だから、心配してくれるなと言っていました」
「そうか……」
「私から見ればあなたの方が不審ですね。どうして目をつぶり、弓を振り回していたんですか」
 どう弁解しても馬鹿にされそうで、タムは答えなかった。
「帰りましょう、タム。夜は危険です」
「ここらには、恐ろしい獣がいるのか」
「地面を走る鳥がいるそうですが」
 先程倒れた時に側を通ったのは、鳥だったようだ。やっと月が現れて明るくなる。正直な話、サンディに会うことができて助かった。わけもわからず走っていたので、道がわからなくなっていたのだ。タムは弓を手に、サンディの後を歩いていた。
「ウドイは蛇をとってどうするんだ」
「食べるようです。おそらく明日、あなたと長老が顔をあわせる席で振舞われるのではないかと思います」
 蛇が苦手なタムは、憂鬱な気持ちになった。食べたことはないが、あの外見からして美味いとは思えない。ウドイが蛇を取り逃がすよう密かに祈っていた。
 サンディが足を止め、タムも立ち止まった。
「しかし、妙ですね」
 彼方を見つめてサンディが呟く。空はまだ夜が明ける気配もなく、暗いままだ。
「何が妙なんだ」
「蛇のことです」
「蛇だと? 蛇の何が妙なんだ」
「いえ、別に」
 説明するのが面倒だとでも言いたげだ。腹が立ち、タムはそれ以上尋ねなかった。


 今日も晴れている。タムは石を積んだ塀の上に腰かけていた。照りつける日射しは容赦なく、暑さに慣れぬタムは動く気力もなく、ただじっとしていた。子供たちは元気にネズミを追い回している。
 タムは手をひさしのようにして、村を駆け回る子供たちの姿を見ていた。サンディはまた食べるものをさがしにどこかへ行ってしまった。ウドイの家で出された朝食では、腹が満たされないようだ。タムも腹が減ってきていた。もう昼時だが、ここでは朝と夜しか食事をとらないのだ。



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