03


「タム」
「もう一度だ」
 サンディはタムの肩に手を置き、諭すように言った。
「落ち着いて下さい。子供の遊びです」
 そうだ、これは子供の遊びだ。サンディと六人の子供たちの視線がタムに集まっている。急に恥ずかしくなり、タムは顔を伏せた。
「行こうかサンディ。ウドイが待っている」
「はい、タム」
 タムとサンディは石を子供たちに返し、ウドイの家へ戻ることにした。
 日が暮れてくると暑さも幾分和らぎ、心地よい風が村を吹き抜けていく。夕陽が全てを赤く染め、東の空には夜が迫っていた。
 小さなウドイの家の前に、誰かが佇んでいる。ウドイではない。女だった。背が高く、手足が長い。長い漆黒の髪は頭頂で束ねていた。美しく、品の良い顔をしている。儚げではなく、強く気高い美しさだった。彼女の黒目がちの大きな目が、タムの方を向いた。
「貴方は? 見ない顔だわ」
「私はタムだ。ここに住むウドイの客人だよ」
「まあ、そうなんですか。私はウドイの娘です」
 肌と髪の色以外は似ても似つかない親子だ。娘の名はレユーサと言った。レユーサは早くに母を亡くし、父のウドイと二人で暮らしているそうだ。
 部屋へ入ると、レユーサが夕食の支度を始めた。父ウドイの姿はない。
「手伝おうか」
 緑の葉を手で千切るレユーサに、タムは声をかけた。
「タムは父のお客様ですもの。いいんですよ、座っていらして」
 タムは彼女に、森でウドイと会った時の話や道端で子供たちと遊んだ話をした(しかしサンディや子供たちに惨敗したことは伏せておいた)。彼女は快活な性格で、よく笑った。神殿や朽ちた壁のことに話が及ぶと、レユーサはかつてここにあった国が滅亡した理由について説明を始めた。
「国のそばに、大きな川があったんです。そちら側の肥えた土で、作物を育てていたそうです。しかし日照りが続き川が干上がってしまってからは、国は衰退し民はこの地を離れていきました」
 今日タムが倒れていた場所が、川のあったところだと言う。日照りは川が干上がり国が滅びても尚続いているようだ。
「ここに住んでいては不便が多くないのか」
「ええ。ですが、恵みの泉がありますから」
 恵みの泉とは、あの不自然に存在する小さな森の中にある泉のことだろう。この村の者は必要な水をあの泉から汲んでくるそうだ。初めそこには森などなかったのだが、川が干上がり国が滅びた後、突如現れたと言う。不思議なことに泉はいくら水を汲んでも涸れることがないのだった。村人はその泉を「恵みの泉」だとか「古の泉」と呼んでいた。
 しばらくしてウドイが帰ってきた。夕食のパンとスープと食べながら、ウドイが言った。
「長老様は今夜忙しいようなんです。明日の晩には会えるようですから」
 タムは断ったのだが、ウドイは何が何でもタムと長老を会わせたいようだった。彼は押しが強く、またしてもタムは頷くだけだった。だが食事にありつけたのはよいことだった。もてなしの酒のように不味くはない。パンは少々硬かった。タムの隣にはサンディが座っている。
 サンディは寡黙な男で、必要なこと以外は話さなかった。彼の鷹揚な態度を見ていると、やはり正体は象なのだとタムは改めて思った。
 食事がひと段落すると、ウドイが外に出るよう促した。
「今宵は祭儀を執り行います。タム殿もサンディ殿もご参加下さい」
「祭儀とは、どのようなものですか」
「娘が神に捧げる舞を舞うのです」
 レユーサの舞い踊る姿はさぞ美しいことだろう。タム達も参加することにした。広場には多くの村人が集まり、腰を下ろしていた。中心には木製の台が置かれ、その前には火が焚かれている。台の左右には数人の男達がいて、全員が鼓を持っていた。その男達が歌いながら、それぞれ鼓を叩き出す。初めは小さかった鼓の音が次第に大きくなっていった。
 女達が皆に器を配っていく。中身は水かと思ったが、どうやら酒だと気付いたタムは顔をしかめた。サンディが受け取った器に鼻を近づける。
「先程のとは違う酒のようですね。この儀の為の酒でしょう」
 そう言って器をタムの方へ差し出す。タムもにおいを嗅ぎ、一口飲んでみた。彼の言うように、あの不味い酒とは違う。これなら口に合いそうだ。
 鼓を叩く男達の他は口を閉ざし、酒を飲みながら台の方を見つめている。タムもそれに倣った。
 そして、衣装を着替えたレユーサが台の上に現れた。独特の化粧や多くの装飾品が、彼女の美しさを引き立たせている。タムは器を口に近付けたまま、彼女の姿に見入っていた。
 両手に細い布を持ち、レユーサが舞い始める。手に音の鳴る装身具がついていて、腕を振る度に澄んだ鈴の音が響いた、伸びたかと思えば屈み、布が宙に円を描く。声は発しなかったが、彼女は全身で歌っていた。見る者の心を揺さぶる、情熱的で優雅な踊りだ。
 夢心地で原始的な鼓の音に耳を傾けていたタムだったが、サンディの一言で現実に引き戻されてしまった。
「タム、これを食べてもらえますか。私は食べられません」
 いつの間にか自分の前に皿が置かれ、干し肉が乗っていた。サンディの前にもだ。
「どうして私が食べなければならないんだ。酒のことと言い、どうも納得がいかないな。お前の飲み食い出来ないものは、私が片づけなければならないのか」
「そう言われましても、私は肉を食べないのです」
 何故だ、と聞こうとして口を閉じた。象だからだろう。象は肉を食べない。
 サンディは平淡な口調で続けた。
「ですがタムが嫌だというのなら、いいです。無理して食べます」
 むっとしてタムはサンディの皿をつかんだ。
「食べられないものを食べることはない。いいよ、食べてやるから」
「いいですよ。ご不満なのでしょう」
「お前の口のきき方に不満があるんだよ。後でまた恨み言を言われてはかなわないから、食べるよ」
「いえ、いいですから」
「いいからよこせ。よこせと言ってるだろう」
 皿の奪い合いをしている間に、鼓の音は止んでいた。しまった、レユーサの舞いも終わってしまっただろうか。そう思いながらサンディから皿を奪い取ったタムは、目の前に影が落ちていることに気付いた。顔を上げると、そこには明かりを背にしてレユーサが立っていた。
「いかがでした、タム」
「素晴らしかった。そこに燃えている炎よりも力強く、美しい舞いだったよ。まるで女神のようだった」
「いやだわタム。気をつかって世辞など言わないで下さい」
「本当だとも」
 目はレユーサに向いていたが、手の方はまたサンディと皿を引っ張り合っていた。はにかんで俯き、短く礼を言うとレユーサは立ち去った。彼女の後ろ姿がふと歪んで見える。どうやら出された酒は強いものだったらしく、タムは微醺を帯びていた。
 村の者に聞いてみると、あれは四人の自然の神に捧げる舞だそうだ。日照りなどが続くのは四人の神が怒っているからで、その怒りを鎮める為の舞いだそうだ。月が太って痩せるまでの間、決まった日にこの祭儀を執り行うのが大昔からの習わしだった。かつて国があった時から、この習わしが続いている。
「ほら、タム。あそこに座っているのは石取り遊びに誘った子供です」
「そうだな」
 サンディが指をさし、タムは頷く。
「隣がその子供の弟です」
「そうか」
「その隣にいるのがレユーサと恋仲にある青年です」
「そうだな。ん、待てよ。誰が何だと?」
 サンディが指さす方には、精悍な顔立ちの青年がいた。隣にいるレユーサと親しげに言葉を交わしている。歳の頃はレユーサと同じか、一つ二つ上だろう。
「恋仲だと? 誰に聞いた」



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